On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2016-06-23 06:31:38
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
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青山繁晴の不屈戦記まさか日誌 その1 Fukutsu Record of Struggle & Masaka Diary 1

【第1日 西暦2016年6月22日水曜】

▼22日の午前零時を回って、参院選の公示日となった。
 しかし常の仕事があって、気がついたら、まさかの午前6時まえ。
 あぎゃー、初日ぐらいはすっきり顔で、みんなと会いたい。
 仮眠して、起床が6時20分。
 スマホの睡眠アプリによると睡眠時間は21分間だったけど、知らず知らずに気合いが入っているのか、これもまさかのすっきり気分。

▼選挙戦に臨む準備、というか、要はすこし長めの出張の準備だけをして、予定通りに自宅を出発。
 午前10時15分ぐらいに自民党本部に着くと、人が溢れるなかで候補者本人はぼく以外に誰も居ない。
 そりゃ、そうだよね。
 10時40分ぐらいに、立候補手続きが終わって、スタッフがロビーに降りてきた。ポスターにビラ、それらに貼る証書。これが重い。用意した4つのスーツケースに詰め込んで、ぼくとスタッフが一緒に選挙カーに運ぶ。
 自民党からはタスキも渡されようとしたけど「手袋やタスキはしませんから」と丁重にお断りした。

▼最初の遊説予定の東京駅八重洲口に近づくと、想像を絶する人出。
 まさか…。
 ほとんど告知らしい告知もしていないのに。

 選挙カーの運転を務めてくれる、ふだんは個人タクシーの運転手さんらと懸命に、一時停止できる場所を探すけれど、どこも車でいっぱい。
 申し訳ないことに400人を超えるみなさんが一緒に大移動される。
 ようやく一台分を見つけて停まり、まずはスタッフと一緒に「車道に出るのはやめましょうね」、「JRの敷地からは出ましょうね」、「安全な歩道にいてくださいね」の呼びかけ。
 すると、信じられない…この沢山のひとがあっという間に、見事に移動してくださった。
 そして停まっている他の車も、これを見守ってくださった。
 この自然発生の秩序には、こころの底から感嘆しつつ、生まれて初めての選挙演説というやつをやりました。
 しかし!
 いわゆる選挙演説、「わたしを勝たせてください」式の話は、絶対やらない!
 あらかじめ、そう考えていたわけじゃなく、ぼくも自然にそうなった。
 おのれのために選挙に出るのじゃない!

 ぼくと、みんな、みなさんとの自然体が一致して、なんだか凄い盛りあがりで、どうしても涙が込みあげてくる。
 それをどうにか我慢して、今日も、みんなと一緒に考えた。

 盛りあがるのはなぜか。
 ぼくごときが、どうというのじゃ無い。
 にっぽんの国民がどれぐらい、苦悶し、希求し、祈っているか。
 そのなせるわざなのだ。

▼いったん、みなに別れを告げて、東京駅のまわりをぐるり一周し、目立たないところに車を停めて、まずは荷物整理。
 東京に残していくもの、関西に持って行くものを仕分ける。
 そこにこれも自然発生で、何人かが集まってこられる。握手し、ハグし、本にサインする。実はこれも、ふだんのサイン会とまるで同じです。

 仕分けが終わって、選挙カーはぼくの録音しておいた音源と共に都内へ出発。
 この音源の最初には、なんとドラクエの作曲家、かつては超人気グループ・タイガースの作曲家、あのすぎやまこういち先生の曲2曲が、先生の支援として流れるのだ!
 ぼくらは計4人で、ポスター・ビラ入りの荷物を持って改札口を目指す。
 大きなスーツケースが、めちゃ重い。改札口は遠い。
 ただし、ぼくはふだんお金を払って重いものを持っているわけだ(つまりトレーニングですね)。
 だから大きな奴を当然、引き受ける。

 同行のスタッフが思わず、「タスキをしていたら,こんな時に役立つのに」
 そりゃ、周りに乗降客がいっぱいだからね。
 しかし「いや、いいよ」と応える。


▼新幹線のなかで、スタッフはポスターとビラに法の定める証紙をどんどん貼っていく。
 人の迷惑にはならない静かな作業だけど、これはたいへん。
 感謝、感謝の車内だ。

 新大阪駅に着いて、選挙カー関西版に荷物を積み込み、出立!
 関西でも、大阪の個人タクシーの運転手さんが志願してくださった。
 梅田で、大阪初の街頭演説。
 この人出、盛りあがりも想像をはるかに超えて、深く勇気づけられる。
 天王寺を経て、難波に向かうとき、午後4時20分ごろ、選挙カーがまさかの事故。
 選挙カーのルーフに付けたスピーカーが高架に引っかかって、大音響と共に急停止。
 助手席のぼくはもちろんシートベルトはがっちり締めてていたけど、マイクを持って窓の外へ話しかけていたから不意打ちで首ががくがく。

 高架に挟まって大きく傾いてドアの開かない選挙カーの助手席窓から脱出して、まずはスタッフに警察への通報を指示し、びっくりされている通行中のかたがたにお詫びし、話しかけ、後続の車にもお話しして通っていただく。
 個人タクシーの運転手さんは善意で参加してくださっている。不慣れで高さが計算できなかったのだろう。

 同行してくれていた別の乗用車に乗って、難波を目指す。
 首が激しく痛む。強まる。しかしとにかく難波へ。
 だって、きっとみんなが待っているから。
 首は、昨秋に富士スピードウェイでクラッシュして痛めたばかり。だけどね、まさしくレース中の事故に備えて苦しい体幹トレーニングを仕事のわずかな隙に続けてきたのだし、おのれを信じるしかない。

▼次第に雨が強まるなか、お待たせしてしまった難波集合のみなさん、そしてそのあとに訪ねた阪急十三(じゅうそう)駅前に集合のみなさん、ずっとハシゴで追っかけてくださるかたがたも居て、素晴らしい熱気。
 なぜ1期しかやらないか、献金を受け取らないか、政治家はほんらい、職業じゃなく、本業を持ったわたしたちがやるべきじゃないでしょうかと一緒に考える。
 経済と安全保障の難題も、一緒に考えた。

▼最後に、大阪市北区に置いた事務所にやってくると、波乱の今日を飾るような最高の大集合と打ち寄せてくるみんなの熱意。
 若いひと、女性のみなさんがどこでも多いのに内心でびっくり。
 事務所開きは、ぼくの長年の読者、視聴者でいらっしゃる神官が、急な頼みを聞いてくださって厳かにお祓いの儀式をなさってくださった。
 玉串料をきちんと納め、有権者のかたがたに水の一杯も提供せず、フェアに選挙を遂行する法の精神を貫く。

 スタッフらと明日の計画を立て、準備をしつつ、首は明日の朝からこの強い痛みがさらに増すだろう、下手をするといくらぼくでも身動きできなくなると思ったから、スタッフらに病院を探してもらう。
 ところが、本日の「まさか」の締めくくりで、すべての病院に断られた。救急センターに紹介された病院も、個人ルートのある病院もすべて駄目。事務所に駆けつけてくれていた中高の同級生まで頑張って探してくれたけど、ついに救急のクランケを受け容れる病院がひとつも見つからなかった。
 ここは日本第二の巨大都市、大阪なのに。
 苦しむ医療現場の実態を直接、体験できたわけで、これはいい勉強になりました。
 すると、事務所にいたおひとりが自宅へ車を走らせて、ご自分の湿布薬を持ってきてくださった。それを貼って、ホテルへ。

▼ホテルに着くと、もう午前零時近い。
 すこしのあいだ常の仕事に戻って、午前2時前から5時過ぎまで仮眠する。

 そして本日の、まさか第1号。
 首の痛みがほぼ取れている!
 嘘みたい!
 夜中に車を走らせ取ってきてくださった湿布薬のおかげ、そして日々、ぼくのへたれ・トレーニングに付き合ってくれているトレーナーのおかげだぁ。

 さらに選挙カーは、現場に駆けつけた2台のレッカー車の最高の技術力、誠実な努力のおかげで、今朝から現場復帰できる!
 すご!
 選挙カーを運転してくださる個人タクシーの運転手さんも、警察での調べ、高架の下を擦ったことへの対応などをしっかりと終えておられるので、きっと落ち着いて再出発されるだろう。

 きょうはまず朝、大阪の梅田、淀屋橋から始まって、一路京都へ
 八坂神社の北隣、ぼくが実は個展を準備中の画廊「大雅堂」さんのまえあたりで京都での「一緒に考えましょう」をスタートする。
 さ、首が大丈夫なら、朝風呂に入って、いつものように血を巡らせよう。
 あれ? もう時間がない…。ふひ。
 
 
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