On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2022-08-14 09:02:04
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
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【かなり推敲しました】  古いソファの教えてくれたこと


( 「生還」という文字も入った、出征兵士への寄せ書きが、真珠湾の戦艦ミズーリの艦内に飾られていました )

▼アメリカでたまに座る、ひとり用のソファがあります。
 これが・・・実に、座りやすくて、過去に一度も経験したことが無いと思うほど、寛げるのです。
 なんでもない、布張りのソファなんですよ。革張りの高級品という訳ではありません。大きさも、やや小さめです。

 柔らかすぎず、硬すぎず。
 絶妙な優しさと張りが同居して、身体を受け止めてくれます。

 なんとか自分の仕事部屋にも置けないかなぁ、原稿は一本調子で書いていても良い原稿にならない、ときどきは心身を休めたいよね、そう高そうには見えないから買えるものなら買いたいな、と考えて、思い切って聴いてみたら、わざわざメーカーに問い合わせてくれました。
 ところが、もうそれは製造していないそうです。
 がっかりしました。

▼そして今回は、なんと姿を消しているのです。
 かなり古かったので、廃棄されてしまったと思ったら、意外にも、布の張り替えに出したそうです。
 そしてもっと意外だったのは、ぼくの居た短い滞在期間に、そのソファが張り替えを終わって、姿を現したのです。

 よろこんで、ころこんで、座ってみたら、あれ ?
 ふつうです。
 青い空で雲が支えてくれているような、あの独特の感覚がありません。

 どうやら、張り替えが原因ですね。
 と言うより、張り替えが必要なほどの布のへたりが、あの絶妙なリラックスを生んでいたようです。
 実際の作業は布だけではなく、ほかのマテリアルも新しくしたのかも知れませんね。
 すべてのへたり具合こそが、ソファの本来機能を、最高に発揮させていたのでしょう。

▼いずれにしても、ピンと張るより、適度にへたっている、あるいは、もうポンコツかと思うぐらいへたっている方が、良い仕事をできる。
 ソファが、わたしたちの身体を支えてくれるように、わたしたちも、それぞれのやるべき最善の仕事をできるのではないでしょうか。

▼ほぼ毎日、要望、要請、要求がやって来ます。
 すべて善意の要望、要請、要求です。
 主権者の祈りや願いの表れですから、真正面から受け止めます。

 森羅万象にわたります。
 ひとつの取り組みをこのブログで申せば、他が足りないと、必ずのように求められます。指摘されたことにも取り組んでいるのですが、何かに言及していると、ほかはやっていないと見えるのでしょうね。

 誰にも平等に1日24時間だけの持ち時間で、かつ、ひとりだけではできませんから、たとえば端緒を作ってその専門機関が動くように促しても、なかなか動きません。
 正直、日本のあちこちが凍りついているのを感じます。なかでも動きが鈍いのが、肝心要の政治、まつりごと(政)の現場です。
 原因は何か。
「このままでいい。今まで通りでいい」という国会議員と行政官 ( 官僚 ) の意識です。このままでいい、今まで通りでいいと思うからには、成功体験に依存しているはずですが、実は成功などしていないのです。失敗を失敗として認識できていません。
 したがって、前へ進んだことよりも、進んでいないことが、わたしにも日々、積み重なり、のしかかってきます。
 それが主権者から見れば、何もしていないと見えるのでしょう。よおく理解できます。
 しかし、わたしが落胆することはありません。また、重荷で潰れることもありません。

 自然災害、感染症、国家安全保障、事件解明、そして経済・金融政策、外交、社会政策、文化政策、教育改革、国家危機管理、資源エネルギー・・・すべて同時進行で、非力なりに取り組んではいます。
 これまで世界の議会人をみてきて、あくまでわたしの知っている範囲に過ぎませんが、わたしの守備範囲、いや行動範囲はそう狭くはないと客観的に考えます。
 これを淡々と、続けます。
 深く淡く生き続けます。

▼主権者のみなさんの不満、怒り、焦燥が来る日も来る日も、寄せられます。
 日本人、同胞は7月1日現在で、1億2484万人いるのです ( 総務省統計 ) 。そのひとの関心事が、それぞれ違って当然です。そのひとにとっていちばん大切なことが、さまざまに違っているのが、むしろ健康な姿です。

 また、わたしはみずから選んで国会議員もやっているのですから、国政ですから、政府に居なくても、警察に居なくても、日本の森羅万象に休みなく対応せねばなりません。

 ただ、張り詰めすぎたら、本来の能力を発揮しきれないかも知れません。
 それだけは、共有しておきたいですね。

▼また、ひとつ理解しておいて頂きたいことがあります。
 たとえば感染症にしても、「現状はもう普通の病気だから、対策を基本的にすべてやめよ」という人から「若い人を中心に後遺症も深刻だから、新しい対策をすぐに構築すべき」という人まで、多種多様な意見という次元を超えて、同じ日本の主権者のなかで、意見が衝突し、しかも千差万別にあちこちで複雑に衝突しています。

 安倍元総理暗殺事件にしても、「事件はすべて実在しない作り事であって安倍さんは隠れて生きている」という人から「安倍元総理は、複数の真犯人に殺害された」という人まで合わせて、「あなたは真相解明を途中でやめるのか」となり、そこは共通しています。

 これだけ意見が分裂していれば、どんな仕事をしても、誰も満足なさいません。
 満足していただきたいと申しているのでは、まったく、ありませぬ。それはもう、参議院議員1期目の早い段階で、いや、議員になる前から、あり得ないと知っています。
 わたしが申しているのは、昔から寸分、変わりません。
「失望、絶望、相違、対立をいくら語られても良いです。ただ、一致点を探すということだけは、忘れないようにしませんか」

 それぞれがご自分の主張、関心で張り詰めすぎていたら、一致点は永遠に見つかりません。
 古い、へたったソファ。
 そこに真理と、みなさんの幸せへのヒントが潜んでいると、日本社会へと帰国した翌日の今、考えています。



 
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