On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2020-08-27 11:38:24
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産経新聞、それからNHKなどなど、その若き記者たち

▼おととい8月25日火曜、護る会 ( 日本の尊厳と国益を護る会 / JDI ) は総会を開き、終了後に記者会見を行いました。
 その最後に近いあたりで、産経新聞政治部の記者と、護る会代表のぼくとのあいだで、すこし論争がありました。
 その記者は実は、ぼくがいちばん期待する記者のひとりです。

▼ぼくのところには、オールドメディア各社の記者が何人か来ます。若手の記者ばかりです。
 よくお見えになるのは、別に統計はまさか取っていませんが、産経新聞、読売新聞、毎日新聞、NHK、フジテレビ、そして共同通信あたりかな?

 ベテランの記者は、ある新聞社の大記者だけ、たまに来られます。しかし、その結果として新聞に載る記事は、取材を受けたぼくからすると『あらかじめ結論が決まっていて書かれた記事』の典型ばかりです。
 ぼくへの取材はまるでアリバイです。言い分はちゃんと聞きました、というやつですね。聴きはしたけど、記事は実は何も変わらないのです。

 さて、若手の記者のみなさんは、ベテラン記者のこうした旧態依然の姿勢とは、ずいぶん違ってきているのです。
 まず、「ジミントウのセイジカ」という色眼鏡であまり見ずに、こちらの話を真っ直ぐ、しっかり聴くだけではなく、その記者のたとえば思い込みを指摘すると、自分で良く考える姿勢があります。
 そして、ぼくの話とは関係なく、予定したままの、もっとはっきり言うと思い込んだままの記事を書いてしまうということが、ほとんどありません。
 さらに、ぼくとの約束をちゃんと守ります。
 いずれも、大記者の姿勢とは真逆に近いです。

▼若手といっても、その歴史ある社の責任を担って日々、取材と執筆をしているのであって、ぼくが「育てる」とか仮に言えば、それは僭越です。
 同時に、かつて18年9か月のあいだ力の限りを尽くして記者生活を送りましたから、彼らが旧来の記者像をみずから叩き壊す、主権者のための記者になってほしいという願いはいつも心の底にあります。
 だから「いつでも来いよ」と、見所のあるなしにかかわらず、彼らに申しています。

 総理番記者のなかには、ぼくが教鞭を執っている東大のゼミの教え子もいます。ゼミナールは毎年、学生のなかからひとり、幹事を選びますが、彼も幹事でした。
 学者か行政官(官僚)かなと思っていた彼が「記者になります」と言ったときにはすこし驚きましたが、総理官邸に行くと彼が懸命に働いている姿を見ることができて、胸のなかでは嬉しく思います。
 前述の記者会見で質問した産経新聞の記者は、こうした若手記者よりはずっと経験を積んだ中堅と言うべき記者です。
 しかし、大きな括 ( くく ) りではやはり若手の記者ですね。
 そして若手記者の群像のなかでも、いちばん熱心なうちに入ります。。
 特に、護る会が総会を開いたり、執行部会を開くと、いつも取材にやって来ます。
 総会は、その終了後に記者会見を開くことが多いですから、若手記者はかなり来るのですが、執行部会は記者ブリーフィングも会見も開かないので、彼のように欠かさず取材に来て、執行部会の終了後に廊下で歩きながら中身を把握しようと努める記者は珍しいです。

▼この産経新聞の信頼する記者は、おとといの護る会総会にも熱心に来ていて、総会のあとの記者会見で積極的にいくつか質問しました。
 そのうち、最後の方に発した質問にだけ、ぼくはいくつかのことを感じました。

 第一に、彼は国士の魂を持った記者だと思いますから、河野防衛大臣の女系・母系天皇を容認する発言に対する怒りがあって、護る会には、大臣とは議論するだけではなく抗議をして欲しいという気持ちを持っているのではないか。
 この気持ちはよおく理解しますが、ただし個人的感情に近い「気持ち」じゃないかなと、ぼくはその場で考えました。
 何より、この会見はぼくの個人的考えをお話ししているのではなくて、護る会という、それぞれに有権者を抱えた59人もの衆参両議員による組織の正式な総会において決したことを説明しているのですから、「こっちへ持っていこう」というような質問に対しては毅然と「それは違う」というしかありません。

 第二に、ぼくの経験からして、新聞社は見出しを立てようとしますから、「護る会が河野防衛相に抗議へ」という見出しを立てて、デスクにアピールしようとしているのではないかということでした。
 護る会は、オールドメディアに無視される傾向があります。産経新聞はそのなかでは良い方ですが、しかしデスクが飛びつくような見出しを立てて、必ず紙面に載せたいところでしょう。
 ぼく自身は記者時代におのれの書いた記事はすべて、自分で見出しを考え、キャップやデスク、さらには見出しの最終決定権を持つ整理本部(※註 通信社や新聞社には、編集局のなかに出稿部と、整理部があります。出稿部というのは、その字の如く原稿を出すところで、政治部や社会部、経済部、外信部などなどがあります。整理部は、その出稿部から出てきた原稿の扱いを決める、すなわち1面トップに指定したり、最終的な見出しを付けたり、整理するところです。各社によって細かく言えば名称やシステムが違いますが、大まかにはこうです)・・・整理本部が趣旨の違う見出しを取ったときは、自分でぎりぎりまで交渉していました。
 なぜか。
 読者に全文を読んでもらおうというのは、甘えた考えです。
 みな忙しいですから、まず見出しを記事そのものだと受け止める読者が多いと知るべきです。
 だから見出しについては、記事の中の一字一句と同様に、記者にとっては忽(ゆるが)せにできないものです。

▼産経新聞の良き記者の最後の質問について、こうしたことを感じたのは、あくまでもぼくの側の受け止め、解釈であり、本人には反論もあるでしょう。
 しかし一回切りの記者会見、しかも終了予定時刻を過ぎている状況において、そして強く期待する記者だからこそ、あえて厳しく指摘をしました。
 同時に、多様な議員の意見を包摂する、護る会の代表を務める責務からして、護る会で決まってもいないことを、記者の熱意、やや烈しい言葉、追及、そうしたものに負けて決まったかのように扱われることを実質的に許容する、それは決して致しません。
 ですから徹底的に反論すべきは反論したのです。

▼良き記者の居ない民主主義社会は、暗黒です。
 すべての判断をAIに委ねる時代は、少なくともまだ来ていません。
 良き記者が良き情報を提供することが、主権者の判断にはどうしても必要です。
 その観点からすると、たとえ志に基づく感情であっても、感情に動かされると正確な記事は書けません。

 若い記者や、中堅記者には、自分たちのあり方と将来に真摯に悩んでいる記者もいます。
そういうひとたちが、ぼくのところへ来ているのだろうと理解しています。
 少なくともデスクやキャップに言われて、ぼくに取材することは多くの場合、考えられません。そこが大臣や派閥の長、党首脳のところに彼らが必ず行かねばならないのとは違うのです。
 だからこそ、育てるといった傲慢なことは考えていませんが、真っ正面から真剣に対峙する、時には徹底的に叩きのめすのも、東大生、近大生に接するのと同様に、たいせつですね。
 それに・・・叩きのめすと言ったって、ぼくのそれはほんとうは甘いものです。
 
 記者諸君は誰でも、デスクやキャップからもっともっと激烈に叩きのめされて鍛えられます。ぼく自身ももちろんそうでした。今は深く感謝しています。

 一方、記者会見の模様をノーカットで新動画「青山繁晴チャンネル☆ぼくらの国会」にアップしてくれた、チャンネル桜の井上ディレクターはこう仰いました。
「昔の政治家なら、ああやって厳しいことを記者に言ってくれる人も居ましたが、この頃では、どっちつかずの話をする国会議員ばかりです。あの記者会見の最後の場面こそ、みなさんに視て欲しいところです」
 分かります。
 現代の議員のなかには、オールドメディアを恐れ、ネットを恐れ、党幹部や政府首脳を恐れ、属する派閥の長を恐れ、とにかく月旦(人物評)を恐れ世評を恐れ、もちろん選挙を恐れ、こんなに恐れてばかりのひとも少なからず、います。
 これで、たとえば圧力を増すばかりの中国に対して身体を張れるのでしょうか。

▼ところで、産経新聞の現在の紙面には敬意を抱いています。
 ぼくの育った共同通信は、新聞社や放送局というプロに対して記事と写真を配信するところですから、昔から各紙の紙面を徹底的に拝読してきました。
 ずっと以前から産経新聞は独自の紙面を持ち、それだけに経営に苦戦してきました。
しかしながら、えらそうな言い方になって申し訳ないですが、この頃、その紙面の質、記事の質がもの凄く良くなっていると考えています。
 ありのままに申しますが、時折、安全保障をめぐって不可思議な記事が出る傾向は今もあります。
 一方で、経済面の田村秀男記者の論考、外信面の加藤達也記者の韓国報道、そして政治面の阿比留瑠比記者の主張、さらに全体の中国報道、いずれも少なくとも熱心に読むだけの値打ちがあります。

 この巨人3人のうち、田村さんは日経新聞を飛び出して現在のある方ですが、加藤さん、阿比留さんはいずれも、駆け出しの事件記者の時代から産経新聞が育ててきた方々ですね。
 すなわち産経新聞は、若手記者の育成に成功してきた社だと考えます。

 現在の路線は、いまだ日本では売れ筋ではありません。
 したがって経営の内実は、見かけよりずっと大変だとも聞きます。
 その産経新聞が路線を変えたりしないで済むように、ぼくにできることのひとつは、期待できる記者を鍛えあげることに、ささやかに協力することだと、勝手に考えています。

 話が飛ぶようで飛ばないのですが、放送局では、テレビ東京が従来のテレビ報道の枠を超えて、現場のありのままの動画をアップしようと努めているらしいこと、NHKがぼく自身を含めて厳しい批判に晒されているからこそ、記者のなかには良心的な仕事で批判に応えようとするひとも、きわめて少数派ながら、いること、それらも目立たぬように勝手に応援します。

 ぼくは、一度切りの人生において18年9か月にわたって共同通信から給料をいただいて生きました。
 その給料は、産経新聞やNHKをふくめ加盟社、契約社から来ているのであり、ひいては読者、視聴者から来ています。
 そのことに感謝を捧げるためにも、今後も、若い記者諸君の問いかけに真摯に応えていきます。

※ ここに記した記者会見を含めて、新動画は、ここです。チャンネル登録も、よろしければ、お願いしますね。





 
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