2025-07-14 11:54:28
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
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理解なさったと思います


▼台風のさなか、長期滞在中の大阪から東京へ、どうにか戻りました。ただし1泊だけで、また大阪へ戻ります。
東京では、公務をはじめ溜まっている仕事がどっと押し寄せます。
専門分野のひとつ、資源エネルギーをめぐる水面下の動きもあります。
参院選のあいだも、世界は止まりません。
★夜には、参院選全国比例の和田政宗候補の応援のため、有楽町で街頭演説に立ちます。
19 時 00 分 ~ 19 時 45 分の予定で、わたしは19時15分頃から話す見通しです。
場所は、JR有楽町駅中央口イトシア前です。
和田さんの祖国のための熱弁、わたしも愉しみです。
和田さんは、非常に苦しくなっています。
昨年の総裁選にわたしが手を挙げたとき、最後の最後まで事務局長を務めてくれた和田さんです。この国士を国会から喪うと、その影響、打撃は回復できません。
台風がとても気になりますが、もしも可能であれば、有楽町へお出でくださいませんか。
▼同じく参院選の全国比例に立候補している長尾たかし候補も極めて苦しいです。
長尾さんは、護る会 ( 日本の尊厳と国益を護る会 ) の創建メンバーで、副代表を務めていました。
なんとか副代表に復帰してほしいと願っています。
▼選挙の常套手段で「あと一歩です」「危ないです」と連呼して票を引きつけようとするやり方がありますね。
わたしは、そのようなことはしません。
和田さん、長尾さん、いずれもほんとうに危機に直面しています。
▼きのう7月13日の日曜は、やはり情況が切迫している西田昌司候補 ( 京都府選挙区 ) の要請で、早朝に大阪を出て京都に入り、午前中は京都で遊説しました。
記者時代に6年、家族と住んだ懐かしい京都は、格別に暑かったです。
わたしの演説では、西田さんの発言が問題となった沖縄について触れました。
不肖わたしは、26歳の新人記者のとき、初めての夏休みで沖縄の戦跡を歩き、白梅学徒看護隊の少女たちと出逢いました。
ここでは詳しく記す時間の余裕が今、ありません。西田さんの応援演説でも、もちろんこれを詳しく話したりできませんでした。
しかし、わたしが26歳から現在に至るまで永いあいだ、白梅学徒看護隊の生き残りのかたがたをはじめ沖縄の同胞と話しに話して、「少女たちは決して犬死にでは無かった。わたしたち日本国民の今を支えてくださっている」という認識を共有するに至っていることを述べました。
そして「西田さんも、沖縄のみなさんとよおく話してから、お考えになり、発言なさるべきでした」という趣旨を述べました。
演説のあと、西田さんの眼を見ると、深く理解されたことが伝わってきました。
そのためかどうかは分かりませんが、写真の山科の演説で、冒頭にきちんと反省の弁を語られました。
▼西田さんは、日本の国家財政を積極財政に転換するためには、必要不可欠な人です。
そのために、わたしは自由民主党大阪府連会長としての時間を切り裂いてでも、京都に向かったのでした。
▼京都から大阪へ戻るとすぐ、われらが柳本あきら候補のために、個人演説会を次から次へとはしごしました。



▼そのあと深夜になって、大阪市西成区の選対事務所に戻り、いつもの「しげちゃんとあきらの毎晩対話」の生放送と、それから今夜は東京に居るための事前収録をおこないました。
柳本あきらという人が、教育と子育てという重大事についても、どれほど豊かな現場体験と見識と政策を持っているか、その柔らかな人柄とともに、凄くよく伝わると思います。
このネットテレビは、視てくれた人には、びっくりするほど評判が良いです。「毎晩の愉しみです」と仰るかたも何人も居ます。
ゆうべは讀賣テレビが取材に来ていましたが、女性ディレクターが「おふたりがどれほどおたがいを理解していて、仲が良いか、びっくりしました」と仰っていました。
アキラとのつきあいは、7月3日の公示日から始まったばかりなんですけどね。
ところが・・・アクセスは増えず、柳本あきら候補は、定数4人の枠からずり落ちようとしています。大阪の支配政党のいつもの選挙戦術に叩き落とされようとしています。
選挙は、政党のためにあるのでは無く、候補者のためにあるのでも無く、主権者のためにあります。
わたしは、国会議員としても、五分野の専門家としても、作家としても、ひとりの日本人としても、柳本あきらという人が主権者のためになると、7月3日からずっと炎暑のなかを共に生きてきて、強く深く確信しています。
ゆうべの動画は、これです。
サムネイルは「教育はタダよりシツを上げる ! 」
「しげちゃんとあきらの毎晩対話」のシリーズは、ここです。
19 時 00 分 ~ 19 時 45 分の予定で、わたしは19時15分頃から話す見通しです。
場所は、JR有楽町駅中央口イトシア前です。
和田さんの祖国のための熱弁、わたしも愉しみです。
和田さんは、非常に苦しくなっています。
昨年の総裁選にわたしが手を挙げたとき、最後の最後まで事務局長を務めてくれた和田さんです。この国士を国会から喪うと、その影響、打撃は回復できません。
台風がとても気になりますが、もしも可能であれば、有楽町へお出でくださいませんか。
▼同じく参院選の全国比例に立候補している長尾たかし候補も極めて苦しいです。
長尾さんは、護る会 ( 日本の尊厳と国益を護る会 ) の創建メンバーで、副代表を務めていました。
なんとか副代表に復帰してほしいと願っています。
▼選挙の常套手段で「あと一歩です」「危ないです」と連呼して票を引きつけようとするやり方がありますね。
わたしは、そのようなことはしません。
和田さん、長尾さん、いずれもほんとうに危機に直面しています。
▼きのう7月13日の日曜は、やはり情況が切迫している西田昌司候補 ( 京都府選挙区 ) の要請で、早朝に大阪を出て京都に入り、午前中は京都で遊説しました。
記者時代に6年、家族と住んだ懐かしい京都は、格別に暑かったです。
わたしの演説では、西田さんの発言が問題となった沖縄について触れました。
不肖わたしは、26歳の新人記者のとき、初めての夏休みで沖縄の戦跡を歩き、白梅学徒看護隊の少女たちと出逢いました。
ここでは詳しく記す時間の余裕が今、ありません。西田さんの応援演説でも、もちろんこれを詳しく話したりできませんでした。
しかし、わたしが26歳から現在に至るまで永いあいだ、白梅学徒看護隊の生き残りのかたがたをはじめ沖縄の同胞と話しに話して、「少女たちは決して犬死にでは無かった。わたしたち日本国民の今を支えてくださっている」という認識を共有するに至っていることを述べました。
そして「西田さんも、沖縄のみなさんとよおく話してから、お考えになり、発言なさるべきでした」という趣旨を述べました。
演説のあと、西田さんの眼を見ると、深く理解されたことが伝わってきました。
そのためかどうかは分かりませんが、写真の山科の演説で、冒頭にきちんと反省の弁を語られました。
▼西田さんは、日本の国家財政を積極財政に転換するためには、必要不可欠な人です。
そのために、わたしは自由民主党大阪府連会長としての時間を切り裂いてでも、京都に向かったのでした。
▼京都から大阪へ戻るとすぐ、われらが柳本あきら候補のために、個人演説会を次から次へとはしごしました。



▼そのあと深夜になって、大阪市西成区の選対事務所に戻り、いつもの「しげちゃんとあきらの毎晩対話」の生放送と、それから今夜は東京に居るための事前収録をおこないました。
柳本あきらという人が、教育と子育てという重大事についても、どれほど豊かな現場体験と見識と政策を持っているか、その柔らかな人柄とともに、凄くよく伝わると思います。
このネットテレビは、視てくれた人には、びっくりするほど評判が良いです。「毎晩の愉しみです」と仰るかたも何人も居ます。
ゆうべは讀賣テレビが取材に来ていましたが、女性ディレクターが「おふたりがどれほどおたがいを理解していて、仲が良いか、びっくりしました」と仰っていました。
アキラとのつきあいは、7月3日の公示日から始まったばかりなんですけどね。
ところが・・・アクセスは増えず、柳本あきら候補は、定数4人の枠からずり落ちようとしています。大阪の支配政党のいつもの選挙戦術に叩き落とされようとしています。
選挙は、政党のためにあるのでは無く、候補者のためにあるのでも無く、主権者のためにあります。
わたしは、国会議員としても、五分野の専門家としても、作家としても、ひとりの日本人としても、柳本あきらという人が主権者のためになると、7月3日からずっと炎暑のなかを共に生きてきて、強く深く確信しています。
ゆうべの動画は、これです。
サムネイルは「教育はタダよりシツを上げる ! 」
「しげちゃんとあきらの毎晩対話」のシリーズは、ここです。













