On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2026-01-27 00:25:55
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
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【さらに追記しました】【追記しました】  朝日新聞系の週刊誌によると、わたしはすでに落選確実、無印だそうです



▼「落選確実」という判定を、朝日新聞のいつもの偏見だとは考えていません。
 その「判定」なるものが、朝日新聞の取材でも無く、その週刊誌の取材でも無く、ただ政治評論家の決めつけをそのまま、小選挙区別の一覧にして載せているだけだからです。

 この政治評論家が、あるオールドメディアのサラリーマン記者だった時代を存じています。わたしよりも先輩の記者でいらしたので言いにくいのですが、取材力を感じたことはありませぬ。政治家と癒着する姿だけが記憶に残っています。

▼一方で、既成の政治記者がもしも今、わたしに密着取材していたら、やはり「落ちるのじゃないか」と思うのではないかと考えます。
 なぜか。
 衆院兵庫8区という小選挙区の候補となっても、参議院の全国比例の候補のときと同じく、不法な事前運動をしないからです。

 この衆院選も、公示になる前に、オールドメディアはNHKをはじめ「各党は事実上の選挙戦に入った」と報じて、つまりは事前運動を推奨しているに等しいですね。
 そのために、「公共放送も、事実上の選挙戦と言っているじゃないか」と、免罪符をもらったかのように不法な事前運動に血道をあげている候補がほとんどです。
 
 わたしは衆議院が1月23日に解散した翌日の1月24日土曜に、尼崎に入りました。
 で、何をしたか。
 ひとつには、写真のように、氏神さまの神社を参拝しました。
 白い上半身が、わたしです。
 尼崎は古い歴史のある街で、寺社仏閣は多いです。地域ごとの氏神さまとして7社か8社に丁寧にお参りしました。



▼ちょっと見にくいでしょうが、やはり白い上半身がわたしです。
 拝礼のとき、何を祈ったか。
「わたしを当選させてください」ではありませぬ。
「この地の民のみなさまをお護りください」と祈りました。そのうえで「そこに献身できるわたしでありますように」と祈りました。

▼神社のほかには、商店街のシャッターの閉まり具合をじっくり見て回り、商店主やお客さんや町内会のみなさん、あるいはマンション住民のみなさんと楽しく話して、神戸市生まれのわたしが子供の頃に知っていた尼崎ではなく、たった今のリアルな尼崎をつかもうと努めました。

 尼崎市議会の若手からベテランまで、市議のみなさんが笑顔いっぱいで同行してくれました。
 みなさん、「30年ぶりの保守候補」という解放感に包まれている感がありました。

▼夜には、地方議員のみなさまらと「旧来の選挙ではない、改革派としての選挙をいかに戦うか」と胸襟を開いて話しあいました。

▼翌日の1月25日・日曜に東京に帰りました。
 他の候補者は「事実上の選挙戦」をどんどんやっているのに、なぜ。
 独立講演会をドタキャンしたりは絶対にしないからです。



▼晴れた日曜に、こんなに集まってくださったみなさんを裏切ることなど、いたしませぬ。



▼写真の真んなか奥に、ちいさく、わたしが見えています。
 この膨大な主権者のなかに、わたしが出馬する兵庫8区・尼崎市の主権者は、仮にいらしてもごく少ないでしょう。
 しかし、参議院の全国比例のときと同じく、全日本国民の問いかけに応える独立講演会を開きました。
 尼崎市民を通じて全国民のために働くのです。より具体的な地域の生活感に基づいて、日本のために尽くすのです。
 おのれの当選のために、民のみなさんを利用するのではありませぬ。




( ※ 次の独立講演会は、選挙後の第一声となる2月14日に福岡で開きます。
 きょう1月27日の午後1時に、募集は締め切られます。
 ここです。
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▼独立講演会の翌日、1月26日月曜は、墓参をふたつ、致しました.
 ひとつは、尼崎出身で防災担当大臣を務められた鴻池祥肇 ( こうのいけ・よしただ ) 参院議員の大阪市内のお墓にお線香をあげました。
 男っぷりのいい鴻池さんとは、家族ぐるみの利害関係なき交流がありました。

 もうひとつは、同じく尼崎出身で、わたしの講演に熱心に来てくれて、東京海洋大学の青山千春研究室に研究資金の寄附をくださった私心なき女性経営者、池田香美代さんのお墓を、尼崎市営の墓苑に訪ねました。
 写真は、それです。



▼この墓参には、池田香美代さんのご親族らが駆けつけてくださいました。
 たとえば、わたしの向かって左横は、香美代さんの忘れ形見、お嬢さんです。



▼そのお嬢さんの話によると、池田香美代さんの戒名に、わたしの名から一字を採られたそうです。
 お許しを得て、写真に撮りました。
 左から二番目がそれです。「晴」の字がありますね。
 ちなみにその上、「澄」の字も、わたしのかつての連載コラム「澄哲録片片」(ちょうてつろく・へんぺん)の鍵となる一字ですね。
 お嬢さんは「澄の字も、青山さんゆかりの一字なんだそうですね」と、誰に聞かれたのか、仰いました。
 そして「不思議なことに、戒名を付けてくれたご住職が自然にその字を選ばれたのですよ」と教えてくださいました。

▼このあと、尼崎市内でもいちばん庶民的な商店街のひとつ、三和通りの八百屋さんの向かいに設置中の事務所で神事を行いました。

▼独立講演会も墓参も先日の副大臣の公務によるクマ対策のための秋田出張も、票稼ぎとは無縁です。
 事前運動で一票でも取ろうとする、旧来型選挙では考えられない行動です。
 したがって、オールドメディアが「落選確実」と報じても、驚きはありませぬ。

 尼崎の兵庫8区は、実に30年の長きにわたり、自由民主党が候補者を立てず、主権者のもっとも大切な選択権を奪ってきました。
 それを謙虚に省みて、主権者の権利を取り戻すとき、旧来型の選挙を超克することも大切です。

▼会員制レポート「東京コンフィデンシャル・レポート ( TCR ) 」では、わたしの決意の裏側を語り始めています。

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▼今こそ、議員会館の青山繁晴事務所から入党なさって、衆参両院の与野党を問わない全議員のなかで、ただひとつの「しがらみの無い党員」となってくださいませんか。
 ここです。

▼プロフェッショナルな作家として、きのうの機内でも、わずかなスキマ時間に小説を執筆していました。
 前述の事務所は、面白いことに、潰れた書店なんです。
 そこでかつて並べてくれていたかも知れない小説は、これです。『やさしく夜想の交叉する路』です。
 同じく、並べてくれていたかものノンフィクションは、これです。『絶望を撃つ』です。
 そして、戦う日本女子を応援するためにタイトルの命名と監修をいたした『ぼくらの祖国 おんな版』も、並んでいたかも知れませんね。

▼いつでもどこでも無償、無条件の発信をやめません。
 ひとつは、このブログです。
 もうひとつは、「青山繁晴チャンネル☆ぼくらの国会」です。
 最新放送を選挙中も、どんどんアップしていきます。
 ひとつは、これです。グリーンランド騒動の語られざる真実です。
 もうひとつは、これです。急に各党が、実はよくご存じないまま語り始めた海洋資源の実用化の裏側を、怒りを抑えつつ、しかしありありと込めて、お伝えしています。

 学生インターンの増野優斗くんと連携するショート動画も、たゆまずアップしていきます。

★さてさて、きょう1月27日の午前11時は、阪神尼崎駅前の中央公園スタートです。
 よろしければ、日本の唯一の主人公である主権者のみなさん、お出でください。お逢いしたいですね。






 
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