On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2026-08-16 03:58:05
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
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【推敲しました】  わたしの8月15日はことし、靖國神社での鎮魂のなかの笑顔、そして戦没者追悼式でも祈りのなかの笑顔と共に、ありました



▼靖國神社の正式参拝はことしも、超党派の議員連盟と共におこないました。
 わたしは今、自由民主党の代議士であり、環境副大臣です。

 日本の神社の正式参拝は、ご存じの通り、世界に類例の無い簡素な参拝です。
 靖國神社の正式参拝も、本殿にて、参加議員全員で同時に二礼二拍手一礼をして、完了です。
 儀式そのものは、20秒もかかりません。いま、静かに再現してみると、およそ12秒ぐらいでした。

 これが日本でもあると、わたしは考えます。
 世界を歩いて、バチカンのカトリックの壮麗な儀式や、ベツレヘムの原始キリスト教のまさしく原初的な儀式、あるいは仏教、イスラーム教、アフリカのさまざまに融合した宗教儀式まで見ましたが、日本のように簡素な儀式はまったく他にあり得ないと感じています。

 これは何でしょうか。
 この究極の質素、簡明、明晰、そして普遍化 ( 万人が成すことのできるよう単純化されているということ ) は、わたしたち日本人の何を意味するのでしょうか。
 それは、わたし自身もまだ考える途上にあります。
 しかし、世界の美中の美とも言える、日本の様式美でもあるとは、すでに客観的に見ています。

▼さて、皇紀2686年、令和8年、西暦2026年の8月15日は、早い朝に靖國神社の北門から入り、まず、靖國会館に入館しました。
 そこには、超党派の議員が集まっています。
 元海上自衛隊海将の大塚海夫宮司に、代表者が玉串料を奉納し、全員が靖國会館の対面にある到着殿に昇殿しました。
 到着殿から、手水のお浄めを経て、拝殿に昇ります。そこで修祓 ( しゅばつ / 神官によるお祓い ) を受けます。
 そして拝殿から降り、その先に鎮まる本殿に昇ります。
 その本殿で、全員が一斉に二礼二拍手一礼をおこないました。

 わたしは退去するとき、本殿のさらに先にある霊璽簿奉安殿 ( れいじぼ・ほうあんでん ) に、ちいさく、目立たぬように祈りを捧げました。
 その霊璽簿奉安殿には、硫黄島の英霊と、白梅学徒隊の少女たちの名も納められているからです。
 きのうの参拝の間ずっと、いまだ故郷に帰れない硫黄島の英霊のかたがたをそれぞれのふるさとにお戻しする責務、そして自決壕が崩れた白梅の塔の現況を改善すべきことを、あらためて考えていました。

▼靖國神社を参拝する写真は撮りません。いつもそうです。

 上掲の写真は、参拝をすべて終えてから、撮りました。
 場所は、上述の到着殿のまえです。ここにこうやってオールドメディアが待ち構えているのです。
 わたしたち参拝する国会議員を、テレビ局のムービーカメラや新聞、通信社のカメラで撮るためです。
 記者も集まっています。ほとんどが若手です。わたし自身の記者経験からして、デスクやキャップに「談話を取ってこい」、「雑観 ( どんな様子だったかの記事 ) を書け」と指示されたままに来たのかなと、思います。

 ありのままに申しましょう。
 いつも、まるで、いわば「政治犯」を糾弾するような表情でカメラを構え、ペンを構える気配を感じます。
 敵意に近い感じです。
 国民の代理人として、祖国に身を捧げられたみなさまに等しく感謝と哀悼を捧げるのが、敵でしょうか。
 靖國神社の靖國とは、平和な国という意味です。それを軍国主義の権化としたのは、GHQの未熟な決めつけです。

 靖國神社に参拝する国会議員は、ケシカラン右翼議員、アナクロニズムの軍国主義者とでも言わんばかりです。中国、ロシア、韓国の主張とそっくりなものを感じます。
 敗戦後の日本は、この面で申せば、世界で唯一の奇妙な社会であり続けています。
 負けた戦争でも勝った戦争でも関係なく、祖国のために命を落とされた方々に畏敬と哀悼の念を捧げるのは、日本以外のすべての国で、健全な常識です。

 ただ今年の8月15日は、わずかながら、オールドメディアの思い込みと無知に満ちた偏見の姿勢が控えめになっているような気もしました。ただし根拠はありません。

 このカメラの放列のすぐ隣で、国民のかたがたが、わたしたちを待っておられました。
 これも毎年のことです。ここに救いがあります。

 主権者から、笑顔の拍手が湧きました。「青山さん」という声も聞こえました。
 写真は撮らず、手も振らず、ただ静かに頭を下げて、お応えしました。
 お待ちいただき、ありがとうございます。

▼最後に靖國神社を辞去するとき、車の窓を開けました。
 参拝の様子を撮らない代わりに、酷暑に耐える深い緑、靖國神社のみたまを慰めるひとつでもあるだろう木々を撮ろうとしたのです。

 すると、神社の北門へ続く道の左側にたくさんの主権者のみなさんがいらして、不肖わたしに気づかれ、ちょっと驚いたことにぱっと笑顔が広がり、先ほどよりもっと多く、「青山さ~ん」という明るい声がかかりました。
 わたしは思わず声を出して、「ありがとうございます」と何度も頭を下げ、そして今度は手もすこし振りました。
 責任と感謝を、あらためて強く感じたのです。
 


▼そうして、武道館に向かいました。
 全国戦没者追悼式に参列するためです。



▼そしてこれは、全国戦没者追悼式の始まるまえです。
 追悼式でも、それが始まると一切、写真は撮りません。
 議員のなかには、少数ですが、追悼式が始まってからスマートフォンで写真をと撮る人が居ます。
 禁じられているわけではありません。すくなくとも通告はされていません。
 だから、そういう議員も居ます。
 しかし、わたしは撮りません。
 開会の前に写真を撮るのは、この会場に来られない主権者のみなさんに、この個人ブログのように会場内の様子を伝えるためですが、追悼式が始まる瞬間から、撮るのはやめます。

 それが、戦没者のご遺族のかたがたと、ご臨席になる天皇皇后両陛下と、そして戦没者のみたまへの礼儀だと考えるからです。



▼追悼式の始まるまえは、二階席に上がり、兵庫県のご遺族のかたがたの席を訪ねました。
 2月の総選挙で、参議院の全国比例の議員から、衆院兵庫8区 ( 尼崎市 ) の代議士となったからです。
 まずは、兵庫県遺族会の北浦基広会長、藤本結子事務局長らにごあいさつを申しあげました。



▼ここでも沢山の笑顔に思いがけず、迎えられて、ちょっと驚きつつ内心で感激しました。

 ご遺族のなかには「青山さんの後援会にも入っていますよ」と何度も明るい声で仰ってくださる女性がいらっしゃいました。
 わたしは参議院の全国比例の議員から代議士になっても変わらず、後援会をつくらず、後援会長も居ません。
 三浦麻未・公設政策秘書によると、これは議員会館の青山繁晴事務所から自由民主党の党員になってくださっているという意味ではないかということですが、わたしも、なるほど、そうかも知れないと思っています。

 党員になってくださったり、あるいは自由民主党兵庫県連の集まり ( 政経文化セミナー ) に来てわたしと会ったりしてくだされば、間違いなく百人力です。
 後援会もなく後援会長もなく、議員生活の最初の日から完全無派閥のわたしには、主権者のみなさんだけが、力です。
 党員はここから、兵庫県連の集まりはここから、参画していただけます。
 みなさんが日本国の主人公です。わたしはその代理人です。主人公の自由意志で参画してくださるのを、心待ちにしています。

▼「来てくれてうれしい」と、にこにこ顔で若い女性もいらっしゃいました。
 わたしは「遺族会の志をちゃんと受け継いでくださる次世代がこうしていらっしゃるのが、うれしいです」と、気持ちのままにお応えしました。

 予想外の歓迎で、内心で恐縮してしまいました。
 あとになって、通路の向こう側のみなさんや、もっともっと広くみなさんの席を訪ね歩けば良かったと、反省しています。

「あんた、尼崎だけか。それは、もったいないやんか」と仰る男性もいらしたので、「尼崎をモデルにして、日本を良くしたいと思っています」と申しあげました。
 選挙中から申していることですが、わたしのまさしく本願です。

▼そして、わたしは1階の国会議員席に戻り、全国戦没者追悼式がことしも、正午に、畏れ多くも天皇皇后両陛下と共に日本の戦没者310万人 ( この日の政府見解による ) に黙祷を捧げることから、始まりました。

 高市総理のあいさつは、安倍総理の「次世代にまで謝罪はさせない」という考えを受け継いだものだろうと、わたしには感じられました。

▼いま8月17日月曜の未明3時50分です。
 このエントリーは、すこし書いてはやめ、またすこし書いてはやめ、完成までに実に24時間を要しました。
 正直、完成に苦しみました。
 こんな短いエントリーなのに、なぜ書き渋るのか。
 わたし自身にもすべては分かりません。

 わたしが生まれる前から始まっている「敗戦後の日本」の81年、その矛盾がわたしを鬱屈させるのかとも思いますが、いや、社会の責任では無く、わたし自身の責任です。

 それでも、主権者のみなさんへの発信は続けるべきだと考え、考え、ようやくこのエントリーをアップします。
 動画と並んで、この個人ブログは、無償、無条件の発信です。それを続けることが肝心ですね。
「青山繁晴チャンネル☆ぼくらの国会」の動画は、ゆうべ、ここに最新をアップしています。これは、作家としても、議員としても、専門家としても、人間の新しい絶望と戦うという決意でもあります。
 動画の全貌2353本は、ここです。

 まさしく次世代の学生インターンの増野優斗くんと連携するショート動画は、これが最新です。
 短い、ということを守りつつ、内容重視に戻しました。
 ショート動画の全容は、ここです。

 以上は全て無償です。
 有償の発信は、職業作家としての最新書籍が2冊です。『世界は短い』『皇』 ( すめらぎ ) 新版です。

 それから、千人が入れる会場費を分担していただく独立講演会は、9月に東京で開く第178回をここで募集しています。
 独立講演会の「独立」という意味は、いかなるスポンサーも居ないということです。そのために、大きな会場を確保するには、参加者にも会場費を分担していただく必要がどうしても生じます。利益のためではありません。

(ただし、独立講演会の主宰者は独立総合研究所です。わたしは10年前に初めて選挙に出たとき、独立総合研究所を退社し、創業者株も無償で返上しています。現在は、独立総合研究所から講演だけを委託され、運営にはまったくタッチできません )

 独立講演会の特徴はふたつです。
 ひとつ、機密情報を対面で共有する。
 ひとつ、みなさんの質問に答えていく。このボタンから質問をお寄せください。

 有償の発信はもうひとつ、東京コンフィデンシャル・レポート(TCR)があります。
 これは、精緻な文章によって、機密情報を共有します。
 有償であるのは、内容の漏洩を防ぐためと、世界の情報を集めるのにコストが掛かるからです。
 献金ゼロ、団体や企業の支援ゼロ、自分のための政治資金集めパーティもゼロであるわたしにとって、かけがえのない支援ともなっています。
 ここから、新しい会員を募集しています。

▼あっという間に、午前4時55分です。
 もう支度をして、朝のうちに尼崎に向かいます。
 今日は尼崎港の活用について、現地で議論します。
 不肖わたしは国政における水面下のささやかな努力の一部を、関係者に開陳して、新たな提案をします。

 日々、時間との戦い、内心の鬱屈との戦い、苦しいです。
 しかしそれは、みなさんと同じです。
 まるで、同じです。わたしが何か特別なのではありませぬ。

 このエントリーのトツゼン・クイズに沢山の方からお答えをいただきました。
 大感謝です。
 正解というか、事実は、東京の夕陽です。
 まるで朝陽のようだと思いながら、靖國神社のある東京の夕陽を撮りました。
 みなさんのお答えは、朝陽がすこし多くて、東京と尼崎が半々でした。
 そして「機中から撮ったんでしょう」というお答えも複数ありました。なるほど。事実は、国会議事堂からさほど遠くない地上からです。





 
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