On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2006-07-04 02:29:50

夜明け前に物書きがつぶやく、セロ弾きのゴーシュのようでありたい、と。




▼タイから帰国して、内心ではあまり元気がないまま、なんだか凄絶な…こんな激しい言葉を使って申し訳ないけど、なかなかに凄絶な日程のなかで、かろうじて生きている。

 元気がなかった理由は、まず、原稿が進んでいないこと。
 PHPから出版を予定している、日中関係をめぐる本の原稿、それから独立総合研究所(独研)から配信している「東京コンフィデンシャル・レポート」、いずれも心血を注いで書いているけど、なかなか「着地」しない。つまり、原稿の途中で考え込むことが多くて、なかなか完結しない。

 ぼくは、あくまでも原点は物書きなので、原稿が進まないと、顔は笑っていても、声は元気そうでも、胸の内では、しょげている。

 独研の社長としての仕事も、新しい難しさを、いくつか感じている。
 いかなる補助も支援も受けず、借金も1円もなく、完全に自立して株式会社のシンクタンクを経営するという試みは、もともと生易しくないのは、わかっている。
 ただ、いま感じているのは、新しい難しさだ。
 独研は7月1日から、第6期に入った。
 創立から6回目の決算期に入ったということは、もう5年も、生き延びてきたということだ。
 それだからこそ、そろそろ新段階の困難に立ち向かわねばならないのだろう。

 だけど、ほんとうの難しさというのは、ぼくの心のなかにあるように思う。
 独研は、利害よりも志で、社員が集まっている会社だからこそ、トップのぼくがみんなの士気を高められる気魄を、なにがあってもしょげない気迫を、いつも無理なく柔らかく、かつ強靱に持っていることが欠かせない。
 それは、正直、なかなかに、たいへんだ。
 果たして、ぼくの器で、できるのかなぁ。


▼帰国して、テレビ番組にいくつか参加して、ぼくなりに印象に残ることが、いくつかあった。

 関西テレビの報道番組「アンカー」で、金英男さんとお母さんとの再会の映像を、生放送の本番で初めて見て、ふいに胸を突かれたこと。
 おなじく「アンカー」で、福井・日銀総裁の村上ファンドへの投資について、福井さんの「心の闇」として述べたこと。
 テレビ朝日の「TVタックル」で、「発言の責任」について懸命に述べようとしたこと。

 いずれも、次の書き込みあたりで、具体的にお話ししたい。


▼いま7月4日の未明2時40分。
 あ、アメリカの独立記念日だ。

 それは、アメリカ国民にお任せするとして、日本国民であるぼくは、元気があるもないも、そんなことも関係ないほど私心を脱して、残された命の日々を、みなと共にありたい。

 あと4時間弱で、きょうの講演先の京都へ向かって出発する。
 記者時代、京には6年、住んだ。
 京都もまた、ぼくの基礎を造ってくれた地の一つだと思う。


  • 前の記事へ
  • 記事の一覧へ
  • 次の記事へ
  • ページのトップへ
  • ページのトップへ