On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2006-10-15 00:11:46

これは、やはり、もう語らねばならない




▼北朝鮮の核実験から6日目を迎えた、きょう10月14日の土曜日に、関西テレビ(大阪)の番組で、ぼくとしては初めての話をした。

 それは、北朝鮮が保有していることが確実な悪魔のバイオ兵器、天然痘ウイルスによるテロリズムに、生活者レベルではどうやって備えるか、その具体的な心がけだ。
 ただし、ほんの少しだけの話になった。


▼テレビ番組は、一般に想像される以上に、いつもいつも時間との戦いだ。

 きょうの番組で、ぼくの話したコーナーは、どんな構成だったか。
 北朝鮮がおこなった核実験について、まず「いったい何のためにやったの?」あるいは「ほんとうに核実験だったの? 核実験だったとしたら成功なの、失敗なの」という基本的な問いから始まって、「中国や韓国、ロシア、アメリカは、本音ではそれぞれどうするつもりなのか」、そして「安倍新首相は、本心ではどうしようと思っているの?」といった問いまで、とにかく洪水のような質問に、ぼくが答えていくという構成になっていた。

 このコーナーには、テレビとしては異例に長い21分という長尺の時間が用意されていたけど、こうした問いに答えていくうちに、あっという間に時間が尽きそうになった。

 そのとき、関西では根強い人気のある山健さんという、元大阪府議のジャーナリストが「北の脅威は核やミサイルだけではないですよね」と絶妙な最後の質問をしてくれた。


▼そう、まさしく、その通り。
 核実験は、間違いなく歴史を変えるような脅威だけれど、実験された核爆弾が弾道ミサイルに積み込まれるには、まだ時間がかかる。
 さらに、もしも核ミサイルが完成しても、それが撃たれることは実は当面、考えにくい。
 なぜなら、核ミサイルをたとえば日本に撃てば、必ず北朝鮮が撃ったことが分かるのだから、アメリカ軍は在日米軍基地を守るために、もはや何の躊躇もなく反撃ミサイルを北朝鮮に撃ち込むからだ。

 北朝鮮が持っているのは、核だけじゃない。
 バイオ(生物)兵器すなわち細菌・ウイルス兵器、ケミカル(化学)兵器すなわち毒ガス兵器、そのいずれについても、世界で有数の大量保有国である疑いを、たとえば国連の専門家たちと、テロ対策の実務を専門分野のひとつとする独立総合研究所は、深い意味で共有している。

 そのなかで、いちばん心配されるひとつが、天然痘ウイルス兵器だ。
 これはミサイルと違って、それが使われる兆候を、政府が掴むことはできない。
 政府だけではなくて、誰も、事前の兆候は掴めない。

 対処する唯一の方法は、感染者がまだ少ないうちに、天然痘ウイルスが秘かに使われた事実を把握し、その周辺にワクチンを集中投与することだ。
 そうすれば感染は止まり、テロの破壊力も、そこで止まる。

 天然痘ウイルスの感染者には、特徴的な発疹が例外なく出る。
 その発疹は、最初は平たくて赤い。やがて、一斉に盛り上がってくる。

 できれば最初の段階、すなわち平たくて赤い段階で、「これはひょっとして」と保健所などに通報してもらえると、この恐ろしい天然痘テロの威力は、どんと下がる。


▼何か悪いものでも食べたのだろう、たとえば鯖にあたったのじゃないか、それか、たまたま何かのアレルギーが出たのだろう。
 発疹が出たとき、ふつうの生活者は、そう考える。
 ほとんどの場合は、実際にそうだろう。

 しかし、北朝鮮が最後のカードである核実験カードをもう切ってしまい、国連が制裁決議をまもなく決め、日本がそれに先んじて独自の制裁をすでに実行している今、北朝鮮がもしもアクションを起こすとしたら、証拠が何も残らないのに誰もが「あの国では」と怯えるバイオ・テロこそが心配される。

 いま日本国内では、警察、自衛隊、海上保安庁、そして消防がこうしたバイオ・テロ、ケミカル・テロをもっとも警戒して、核実験のあと、特別態勢をとっている。
 しかし、それだけでは抑止力にならない。
 お上(かみ)任せでは、バイオやケミカルのテロには立ち向かえない。

 警察官や自衛官や海上保安官や消防官が、市民生活のすべてをウオッチすることは、もちろん全くできないし、日本がそのような警察国家になってはならない。

 しかし生活者が、みずから、すこし気を付ければ、あるいは「なんだ、鯖にあたったんじゃないですか」と保健所に笑われる結果になっても、ためらわずに通報する姿勢に変われば、これは有効な抑止力になる。
 素早い通報によって、ワクチンが素早く使われれば、そこでテロは止まってしまうからだ。


▼危機を煽るのでは、決して、ない。
 専門家の端くれとして、ぼくはリスクを決して誇張しない。

 このブログに、今こうやって書き込んでいるのも、テレビ番組であえて天然痘ウイルス・テロに触れたのも、わたしたちの国民生活に、ただしい抑止力を、それも生活を犠牲にせずに、働く生活者に大きな手間をかけさせずに、わたしたち国民みずからの手で育んでいくためだ。

 それが、テロの世紀に、新しい理念を掲げる国民国家のひとつの姿ではないかと考えている。
 戦争と革命の世紀であった20世紀が終わると、わたしたちの世界は残念ながら文化の衝突とテロの21世紀になった。
 そのことを、日本発で超克していくためにも、お上に任せ切りにしない日本国になりたい。


▼きょうの番組の最後に、山健さんが貴重な質問をしてくれたおかげで、ぼくはかろうじて「これから、ほんとうに怖いのは、たとえば天然痘ウイルスのテロです。赤い発疹が出たら、ためらわずに通報してください」という趣旨で発言することができた。
 ほんの短い一言をコーナーの終わりで述べることができた。

 そんな短い言葉でも、驚いたMC(メイン・キャスター)のかたがたとのやり取りもあって、コーナーは予定の21分には収まらず、23分になってしまった。
 きょうは、これが限界だった。

 この「生活者みずからが護ること」については、いずれ関西テレビの報道番組「ANCHOR」などで、しっかりと詳しく、みなさんにお伝えしたいと思っている。
 それから、ぼくの執筆している「東京コンフィデンシャル・レポート」では、より踏み込んで、バイオ・テロやケミカル・テロの恐ろしい「準備状況」についてお話しする。
 テレビやラジオでは、広く一般の視聴者のかたがたを考え、過度なショックや不快感を起こさないように抑制しなければならない。しかしレポートの会員のかたがたは、みずから志して深部の話を聴こうとされているからだ。




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