On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2014-03-12 10:45:21

祖国の蒼穹 その7 完(できれば、その1から見てください)





 そして場面は一気に、任務・戦技訓練を完遂して、地上に降り立ったあとの場面になります。
 空中戦の模様は、公開できません。
 また、ぼくの乗った隊長機、敵機役の大尉の機のいずれも、空中戦のあいだは写真撮影どころではありませんでした。
 実際は、空中戦はデジタル・データと共にコンピューターに記録され、地上に降りたあと、橋本隊長(中佐)が、城殿(きどの)司令(少将)をはじめ限られたメンバーに再現しました。
 城殿司令は「ほんとうに、これをやったのか」、「よく、ここまで、やったな」と、おっしゃいました。

 飛行中、F2の前席の隊長は、ぼくが部外者だからと言って、余計な説明をしたり話しかけたりは一切ありませんでした。
 おかげで、ぼくも集中できたのです。

 隊長は、不断に続けている戦技訓練、空中戦のまんま、ほぼ終始無言でした。
 機内の通信機から、ぼくの飛行ヘルメット内に、隊長の烈しい息づかいだけが聞こえ、響いていました。
 隊長が力を尽くして戦っていることが、よおく、分かりました。
 ぼくは激烈な6G、7G、そして信じがたい8Gの、どんな暴虐よりも凄まじいと思ってしまうほどの力、人間を潰しにかかる圧倒的な力に耐えながら、隊長のこの決意に深く感謝していました。

 保身第一なら、こんなことができるはずはありません。
 事故、後席での死亡などのリスクはちゃんと完璧に考えつつ、ほんとうに遠慮なく、ベストを尽くしてくれたのです。

 隊長の耳にも、フッと息を吐ききり、クッと腹筋、背筋、腰の筋肉に力を入れて圧力に耐えている、ぼくの息遣いがよく聞こえていたそうです。
 そして、ほんとうはある手段を通じて、ぼくの様子を眼でも確認していたそうです。
 ぼくは、人生で一度も考えたことのない「頭から胸から上半身の血がすべて一気に下へ墜ちていこうとする」ことにも懸命に耐えていました。放っておけば、確実に、意識を失います。
 教わったとおり、腹筋に本気で力を入れると、血流がそこでぴたりと止まってくれるのが分かりました。耐Gスーツが効いているのも感じました。
 

 隊長が、1時間半近くにも及んだ、この戦技訓練・空中戦で、後席のぼくに機内通信を通じて発した言葉は、たった、みっつです。
 ひとつは、Gをかけ始めた初期のころの「大丈夫ですか」。もうひとつは、空中戦をすべて終えて降下を始めたときの「大丈夫ですか」。
 いずれも即、ありのままに「大丈夫です」と応えました。

 そして、もうひとつは、後半戦の始まりに発した一言、「強靱ですね」。
 ぼくは答えるよりも、心身を引き締めました。
 褒めているより、「では究極の戦闘に入ります」という含意であることを、感じたからです。

 そのあとの上になり下になり、敵機の後ろについて攻撃、敵機に後ろにつかれて防戦、その長く険しい空中戦の凄絶さは、正直、首の骨も背骨も折れるかと思いました。

 しかし、前出のエントリーで記したように、高い空での低圧( 地上では1気圧。戦闘機は旅客機と違って機内を快適に与圧したりしないので、空気薄く、圧力が著しく下がり、物を考えたりできなくなることがある )に、ぼくは、ほとんど何の影響も受けませんでした。
 機は、何度も何度も宙返りもし、世界が逆さまになりましたが、眼で水平線、そして肉眼で敵機を探して、自分の位置が分からなくなることもありませんでした。
 そして「いちばん怖い」と事前に言われていたマイナスG(急降下の際の逆G)も、むしろ快適に感じました。

 なぜかは知りません。それがぼくの心身の現在のありのままです。

 任務・戦技訓練を無事に、橋本隊長や城殿司令、そしてすべての三沢基地の自衛官たちの志に応えて完遂でき、機を降りたときは、めちゃめちゃ嬉しく、魂の底から感謝が湧きあがってきました。
 この、われらの自衛隊を維持している国民への感謝も、はっきりと深く、あらためて感じました。

 写真の左が、橋本隊長です。
 真ん中が、城殿司令。
 飛行前に、ぼくが下着になって、耐水服( 海に墜落したときに備える特殊な服 )や飛行服に着替えているとき、ぼくのふくらはぎの筋肉が太すぎて、裾がなかなか降りませんでした。
 これは実は、いつも起きます。スリムのジーパンは、途中でふくらはぎの筋肉に止められて、無理に下へ降ろしています。
 城殿司令はそれを見て、「俺の足より筋肉があるじゃないか」と叫び、ますます「ほんものの戦闘訓練をやろう」と決心なさったそうです。

 ぼくの顔には、飛行マスクがGによって顔に強力に押しつけられていた跡が、目の下にくっきり入っていますね。
 わはは。


(* 写真の撮影、提供は、航空自衛隊)
…これら写真の一部は、きょう3月12日の関西テレビの報道番組「水曜アンカー」でも放送する予定です。
 戦技訓練を体験した詳細は、次回の独立講演会で話します。(ここです。申込は、きょう12日水曜の正午までです!
 また、会員制の東京コンフィデンシャル・レポート(TCR)で書きます。(ここです)
  • 前の記事へ
  • 記事の一覧へ
  • 次の記事へ
  • ページのトップへ
  • ページのトップへ