On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2019-09-24 11:28:35
Comments (7)

ご縁をいただき、念願のお参りができました





 公務にて堺に入ったとき、その会場のすぐ近くの反正 ( はんぜい ) 天皇陛下の御陵にお参りができました。

いくつかのエントリーで記したとおり、9月22日の日曜は大阪の堺を訪れたのです。
 親日国のチェコ共和国がもっと日本と仲良くなりたいと、新しい試みに挑みました。それが、京都より奈良より歴史の永い古都である堺に領事館を開くことです。
 そのオープニングセレモニーに、日本チェコ友好議連のひとりとして参加しました。

 さて、堺と言えば、古墳群です。
 堺市の北部の百舌鳥古墳群は、日本の根っことも言うべき古墳群ですね。
 なんと44基があるそうです。
 言うまでもなく、世界最大の仁徳天皇陵陵、大きいと言うだけではなく日本書紀が明示する民の竈 ( かまど) 、すなわち天皇陛下が御自らの生活を粗末にされてでも民から税を取ることを長きにわたりおやめになったという逸話が語るように、日本オリジナルの民主主義、日本の国家理念と哲学の原点が、仁徳天皇陵です。
 ここはすでに訪れています。
 それでも何度でも訪れたいですが、今回は、反正 ( はんぜい ) 天皇の空墓とされるニサンザイ古墳、そして反正天皇陵を訪れたいと考えていました。
 いずれも、前述のオープニングセレモニーの会場である堺商工会議所のすぐ近く、至近距離にあります。

 さらには、できれば同じ堺市内の方違 ( ほうちがい ) 神社、そして堺市に隣接する松原市にある柴籬 ( しばがき ) 神社にお参りし、柴籬神社では正式参拝を致したいと以前から願っていました。
 方違神社は、仁徳天皇や、その皇子でいらっしゃる履中天皇、反正天皇らが合祀された祭神でいらっしゃいます。柴籬神社は反正天皇や菅原道真公らが祭神でいらっしゃいます。
 とくに柴籬神社は、反正天皇の皇居跡に創建された神社とされています。およそ1600年の歴史があります。

▼もうお気づきでしょう。
 今回は一貫して、反正天皇ゆかりの御陵と神社にお参りしたかったのです。
 まことに恐れ多き、僭越なる物言いながら、ある理由にてお参りを致したく思っていました。

 ところが、9月23日月曜の虎ノ門ニュースに急遽、参加できなくなった理由が仕事に生じています。
 一方で、堺訪問、在堺チェコ共和国名誉領事館のオープニングセレモニー参加は、公務ですから、なにがあっても予定通りに遂行せねばなりません。
 だから堺には入りました。
 いったん堺に入れば、そこから伊丹空港経由で東京に帰るときに、ほんのわずか寄り道すれば、念願の反正天皇ゆかりの御陵と神社にお参りできます。

 しかし、それでもお参りできるかどうか分かりませんでした。
 おまけに、台風17号が近づいています。
 仕事に追われていますから、必ず帰京せねばなりません。早く空港に行かないと飛行機が飛ばないかも知れません。

 それでも、同行した政策秘書の太 ( ふとし ) 秘書は「議員はお参りできます」と確信を持って、静かに言うのです。
 その通り、すべてを乗り越えて、すべてにお参りできました。
​ これほど、ありがたいことは、ありませぬ。




 柴籬神社の宮司さまと、そのお父さまの先代の宮司さまです。
 まことに厳かに、穏やかに、そして丁寧に正式な諸儀式を遂行なさってくださいました。

 ことに、宮司が参拝のあとに語ってくださったことが素晴らしかったのです。
「反正天皇におかれては、仁徳天皇のまつりごと ( 政 ) を受け継ぐことに意を砕かれ、御自らよりも、ただ民を大切にされましたから宮殿も粗末でいらしたのです。そのために、ただの柴による垣根しかなかったという意味の柴籬神社となったのです」

 ぼくは不肖ながら、胸の裡 ( うち ) にて涙しました。
 これからもお参りを続けます。
 みんな、みなさんもできれば、お参りなさってみてください。
 素朴な味わいの、親しみやすいおやしろでもあります。
 そこも、ぼくには共感深く、ひそかな感激でした。


★独立講演会が、多くの人にとっていちばん便利な、東京に戻ってきます。
 ここです。


 
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方違神社は交通安全でも有名です。【fuukou】
2019-09-25 22:19:23
昔、会社の安全祈願で行きましたよ。
今もちょくちょく前の道を通ります(微笑)
神様さえ【焼肉マン】
2019-09-25 20:50:04
反正天皇を始めて知りました。森とお墓が神体と一体に永久の生命を宿しているかの様ですね。

仁徳天皇は低湿地に人が住める様に堀江を掘削し排水し、その土砂で陵が作られたとする説があります。始皇帝陵のファンタジー追求でもなく、ましてや権勢欲の為に労苦を強いて作ったものでない。公共事業から副次的に生まれたというのが、如何にも神物さえリアリスト的な考え方を適用する日本人らしい。当時の仁徳天皇陵は海の近くで、中国の使節に上陸地点で最初に巨大建造物を見せ土木技術の高さを示し、大和朝廷が下に見られない様にする効果もあった様です。
 
神社は戦の前線基地として、武器庫としての機能も持っていたと教わりました。神事の舞いにも戦闘の型が隠されている気がしますし、山車を使った荒々しい祭事や奉納相撲は軍事訓練に思えます。天皇の三種の神器には剣が含まれています。天皇は武人の最高峰の象徴でもある筈です。

三種の神器を継承した皇族が天皇になるとの考え方も、実に巧みです。三種の神器を目にしてはならなければ常に存在している訳であり、天皇を如何なる状況下に置いても必ず復元できる。皇居にミサイルを落とせば日本は一発で終わる、と言った中共幹部がいるそうです。どう足掻いても無理ですね。日本人は神様さえも自分で創造してしまう。その証拠に今、丸の内にラグビー神社ができて、皆さん手を合わしています。だからこそ最も古い元祖神に繋がる皇統が尊いのであり、陛下には国民に奉仕する姿勢を取って頂く必要は無かろうと思うのです。

式年遷宮は復元を重ねることで技術を継承して行きます。西洋の神殿が建造の仕方が分からなくなりました。予めそのことを知っていたかの様な知恵です。日本を護って来た強さの源泉は、つまるところ保存力、復元力、同化力の三つではないでしょうか。

韓国が通貨スワップを引き受けて欲しいと日本に打診しているそうですが、受けてはダメです。これ以上敵対国を支援してはダメです。対中国にも周辺国窮乏化政策を発動するタイミングが来たと思います。ましてや自国を弱くするような様々な愚策を即刻撤廃すべきです。今、戦争をしたら負ける可能性あると思います。反日周辺国が分裂したり仲違いし弱体化するまでなんとか凌ぐしか無いです。それは出来ると思います。
民のかまど【宮本(おおさか)】
2019-09-25 14:44:55
青山さんいつもありがとうございます。今日近隣の大型スーパーに行くと休憩所の椅子とテーブルが撤去され店の商品置き場になっていました。休憩がてらに利用したかったのにがっかりしました。撤去前は買物帰りの方等が休憩で飲み物や軽食を摂っておられ狭い場所ですがほっとする空間でした。これも10月からの消費税増税の影響と思うと腹立たしいです。ニュースで台風15号による千葉県内の住宅被害の映像(あたり一面の屋根がブルーシートに覆われている映像)を拝見して国民が自然災害で苦しみ疲弊しているのに予定通り消費税増税をするなんてとんでもないと思いました。政府には青山さんがお話された仁徳天皇の「民のかまど」の志を持って10月には10%に消費税増税になってもその後引き下げの措置をとって欲しいと要望します。
仁徳天皇陵【まえの】
2019-09-25 12:33:50
いつも発信していただき、ありがとうございます。

私は今から30年ほど前、ニサンザイ古墳のすぐ近くに住んでいました。
そこに住み始めてすぐに仁徳天皇陵に行ったのですが、お堀のゴミの多さにショックを覚えました。結界が張られてきれいな部分とあのお堀の汚さの対比が信じられなかったです。
最近はどうなのでしょうか?世界遺産に選ばれたから綺麗になるというのも、違う気がしますが…。

伊丹空港に着陸する前には古墳群を眼下に見ることができますね。(申し訳ないですが…)
その存在意義を感じながら、本当に大切にしていきたい気持ちでいっぱいです。
反正天皇の御陵【aoaka_ken27】
2019-09-25 07:48:30
青山ぎーん、おはようございます。

堺の古墳群、仁徳天皇の御陵が取り上げられるので
そこにばかり注意がいってましたが、
その民の竈のご意志を継がれた反正天皇の御話を
こういう機会に知る事ができて良かったです。

月曜の虎8見ようとしたら、ケントさんと門田さんに代わっていたので、
どうされたのかと気がかりでしたが、
こちらも事情が、遅ればせながらわかって納得しました。

次回の放送も楽しみに、そしてぎーんご自身からのネット配信も期待してます!
反正天皇の逸話を有難うございます。【けん】
2019-09-25 02:51:26
青山さんが堺にいらっしゃると聞いて、「仁徳天皇陵をご参拝されるのなか?」と思っていたのですが、反正天皇ゆかりの地を中心にご訪問されたのですね。私は物心ついた頃から堺で生活していますが、仁徳天皇や反正天皇がどのようなお方だったのか、高校日本史の教科書に倭の五王だった可能性があると書かれていた内容以外全く知りませんでした。民のかまどについて知ったのは、おそらく「アンカー」で青山さんが、日本独自の民主主義として紹介して下さった時が初めてかなと思います。堺市民の大半すら民のかまどをも知らないのが現状です。今年は百舌鳥古市古墳群が世界遺産登録されたのに、関西ローカルメディアですら民のかまどを一切取り上げていなく、取り上げたことと言えば、天皇陵の発掘調査への期待です。日本のメディアは本当に狂っています。

反正天皇の逸話、有難うございます。今年の私の初詣は方違神社と反正天皇陵だったのに、反正天皇について一切存じ上げていませんでした。青山さんに教えて頂いた反正天皇の人となりを私は一生忘れることはないです。まさか松原に反正天皇の皇居があったことも初耳で驚いています。近々私も参拝しようと思います。

今年の正月、私の投稿で申しましたように、堺には、三国ヶ丘という地名があるように国境を意味します。堺は、方角に影響されない場所とされ、反正天皇陵の隣に鎮座する方違神社に多くの人々が古代より参拝してきました。方違神社には、合祀された仁徳天皇、履中天皇、反正天皇、百済王仁の他に、天津神、国津神、素戔嗚尊、住吉大神、神功皇后が中心の御祭神となっています。日本がグローバリゼーションの波にもまれ、日本が進む方向性が危く、存亡の危機に陥りかねない現在、これらの神々に青山さんと日本を守って頂けることを願わざるを得ません。青山さんはご多忙のようで、顔が浮腫んでらっしゃるのが気がかりです。疲労が溜まると免疫機能に影響が出ます。青山さんには日本のためにまだまだ頑張ってもらわないといけないし、国会議員を引退された将来、青山さんの書かれるだろう小説もじっくり読んでみたいです。体調を崩されませぬよう何卒ご自愛下さい。
実は子供の頃、堺市に住んでいたことがあるのですが・・・【しきしま】
2019-09-25 02:36:05
仁徳天皇の御人となりについては古事記などから知っていましたが、反正天皇については不勉強ながら、まったく存じ上げませんでした。
これもすべての日本人が歴史教科書で学ぶべきことですね。
子供の頃の学校の授業では、地元であるにもかかわらず、単に地理の授業で「仁徳天皇陵はここにあって、反正天皇陵はここにある」と学ぶだけで(その一環として社会見学までしましたが)、「仁徳天皇や反正天皇がどういう帝であらせられたか」を学んだ記憶がまったくありません。
仁徳天皇付近への「社会見学」でも、「お参り」抜きに単に「見学」しただけでした。今思えば、大切なものが抜け落ちた社会見学だったのだなあと。
戦前の教育ではもっとちゃんとやっていたんでしょうかね。
現在の体たらくは情けない限りです。

方違神社にもお参りされたんですね。

「仁徳天皇陵と方違神社」と言えば思い出すことがあります。
数年前の総選挙の時、当時は確か「たちあがれ日本」に所属していた西村真悟先生が堺東駅前で平沼赳夫先生と共に演説するということで聞きに行ったんですが、最後にやる「ガンバローコール」の時、西村先生は「自民党が堺市のとある選挙区を公明党に譲っている状態」であることに関して(西村先生は確かその選挙区から立候補していた)
「仁徳天皇陵に申し訳ない!方違神社に申し訳ない!」
とシャウトしておられました。
地元の政治家さんにとっては「氏神さん」的な御陵であり、神社でもあるようです。

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