2025-03-31 03:13:59
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
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苦闘万里にして実らず死すもありうべし すべて天のご意思にして自然のことわりなり
▼しばらくこのブログを書けませんでした。
文字通りに1分、2分の時間すら無いということもあります。
しかし、今回はそれだけではありませんでした。
このエントリーは、ふだんに増して多大な犠牲を払ってアップしました。
他の仕事ができなくなるだけではなく、この頑丈な身体にもさすがに耐えがたい負荷がかかり、鋭い頭痛が起きました。わたしは頭痛がないので、逆に頭痛が起きるときは、身体の最後通告です。
それでもアップを終えました。
すると「もっと報告しろ。大阪府連会長としてやっていることのすべてを、一言一言の全部をもれなく書け」という趣旨の書き込みがありました。
中傷誹謗や工作の類ではなく、ごくふつうの主権者がふつうに書いておられることが分かる書き込みでした。
かのケネディ大統領が歴史に残した就任演説があります。
「国があなたに何をしてくれるのかではなく、あなたが国に何をできるかを考えよう」
あくまで外国の大統領です。しかし、それだからこそ、日本社会の現状との違いが浮き彫りになります。
わたしは参院に初当選の時、48万1890票でした。
それが確定したとき、「世は人はくれ ( と言う ) 」だよね、きっとと、おのれに呟きました。
そして、その通りの8年と8か月でした。
耐えて耐えて耐えて耐えて、きました。
ダムの決壊も、最期の泥水の一滴から、起きます。
わたしにとって、上述の書き込みは、その一滴です。
わたしが連帯するのは、ふつうの主権者だけです。
他の国会議員は、与野党を問わず、たとえば主権者にまさしく立派に貢献なさっている玉木さんであっても、背後では後援会が支え、後援会長が支え、支持する業界団体が支え、協力企業が支えます。
わたしはそれらが一切、ありませぬ。
そのふつうの主権者がこれでは、さすがにげんなりしました。
このささやかな個人ブログだけは、いわばオートマティカリィに休止となりました。
それでも日程はすべて、身を焼き尽くして、完遂します。
先の週末は、まず3月29日の土曜日、朝から、自由民主党大阪府連の青年局の大会に、オンラインでフル参加しました。この日に東京で独立講演会があるために、この日は大阪に行くことが物理的に無理です。
オンラインで基調のあいさつを致したあと、もう出番はなく誰も見ていないのですが、最後の最後まで参加しました。
それが終わるとすぐ、ロータスを運転して、東京ビッグサイトに向かいました。ロータスは全く乗ってもらえないので、ぼくの代わりにまず死にかけです。
そして独立講演会の4時間半に臨みました。
( 4月に福岡で開く独立講演会は、おいでになる主権者が全く足りませぬ。よろしければここから参加してください。このボタン

▼東京では、いつもの通り、抽選で当たったみなさんが千人、参加されました。
福岡の現状は、一切合切、わたしの責任です。
一枚目の写真をもう一度見てください。
手前に、最年少参加者、11歳の少年の賢い頭が見えますよ。
▼4時間半のあと、いつもボランティアで支えてくれる和歌山県庁のくわさんを夜まで、心から慰労しました。

▼明けた日曜日、朝早くから大阪へ向かいました。
いつも通り、無報酬にして、交通費もすべて自弁です。
この日は、大阪市議のみなさんから意見を聴き、すべてに答えました。
自由民主党の大阪市議団は、ふたつの会派に分かれています。これもまた、大阪の過去からくる現状です。
いずれの会派とも充分な時間をとって、かなり無理のある質問であっても、力を尽くして答えました。
写真はひとつの会派だけですが、同行した公設秘書が忙しくて、1枚しか写真が撮れなかったのです。
献金もパーティ収入も何もないので、他の議員のような私設秘書はいません。公設秘書さんも、府連会長になったためにたいへんです。
▼自由民主党の本部と、府連のいずれにも、新しい府連会長であるわたしの改革をすべて、潰したいひとはいます。強い味方もいます。
そのどちらとも、わたしは身命を削りに削って、話し合っていきます。

▼そのあとすぐに、柔道整復師のみなさんのために講演を行いました。
お正月の賀詞交歓会で会った、八木接骨院 ( 東大阪市 ) の八木良憲さんという国士の依頼を引き受けました。


▼そのあと、懇親会にも、飛行機の最終便に間に合うぎりぎりまで参加し、みなさんとお話をしました。
空港へ近づくとき、同行の川村かなえ公設第一秘書が「きのうからずっと、話しっぱなしですね」と言いました。
「うん。いつも通りだね」
▼夜遅めに帰宅すると、「火急出版」の本の執筆です
タイトルは「怒りと建国と」にしようかなと考えています。
▼個人ブログを少し休むと、未紹介の動画の山です。
そのうちのひとつはこれです。
「NHK たったひとりの反乱」と題したこの動画で話した通り、稲葉NHK会長は公開の場で、軍艦島の島民のかたがたについに謝罪なさいました。
NHKを実際に、すこしではあっても、変えました。
護る会 ( 日本の尊厳と国益を護る会 ) の島民支援の成果です。
島民の方から、深い感謝を表明なさるメールも届いています。
この件はまた、述べます。
きょう3月31日月曜の朝になれば、国会へ出る準備をします。