On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2013-07-13 16:43:31

みたま祭、追悼VTR、3刷、サイン会、そして清らかな花(*すこし修正、加筆しました)




▼このひとつ前のエントリーで「祖国に対する敗戦後の見方を、根っこから問い直す志を持つひとは、たとえばぼく自身を含めて、依然として少数派であることを謙虚に深くあらためて自覚する」という趣旨を述べましたね。
 すると、100人に4人ぐらいの割合で「弱気を吐かないで欲しい」という趣旨の書き込みがありました。
 え? 弱気? それは、どなたのことかなぁ?

 少数派と自覚するというのは、弱気の逆です。
 強気でなければ、おのれを少数派と自覚することはできませぬ。
 凜として、謙虚であることに徹し、少数ならありのままに少数であることを見つめる。
 それだけです。


▼あと、ふだん余り言わないことを、すみません、申します。
 ぼくは子供の頃から、弱気という感覚を持ったことはありません。
 意志は弱いです。怠け者ですし、すぐ飽きるし、夜に歯を磨いて寝ることすら実行に苦労します。
 しかし、気は強いです。物心ついたときから。

 ほんとうは、強気か弱気かということを考えることすら、まず、ありません。
 おのれのあるがままに、そして私心(わたくしごころ)だけは脱するように、胸に刻んでいます。


▼書き込みのなかには、「青山さんの気持ちが折れたら、ダメでしょ…(中略)青山繁晴さん、あなたは私の灯台なんです!そんなあなたの弱音なんか聞きたくないです!ファンだから、頑張って欲しいのです!」という言葉もありました。
 ありがとうございます。

 それから「青山さんだって、ごく普通の人だから弱音だって吐きたくなるでしょうけれどどうか、こんなこと言わないで」という別の書き込みもありました。
 お気持ちは分かります。ぼくは確かに「ごく普通の人」でしょうが、独研(独立総合研究所)の社員はみんな、自然科学部長の青山千春博士も含めて「社長の神経の直径は普通サイズではありません」といつも言っています。
 どうか、ご心配なさらないように。
 幸か不幸か、やわにはできていません。

 たとえば、いま仕事部屋でなにかの原稿を書いているとき、ほとんど常にアメリカの 「National Geographic Channel」 から録画した航空事故の分析映像を流しっぱなしにして、それを横目で視ながら、書いているのです。そしてそのまま空港に向かい、ほぼ毎日のように飛行機に乗り、毎日のように飛行機から降り、また悲惨な航空機事故の現実の映像を視つつ、原稿を書きます。
 その映像と分析が実に良くできていて、質が高いから、たまたま視ているのであって、書いている原稿とは何も関係ありません。
 ただ先日、ふと青山千春博士に聞きました。「これって普通は、飛行機に乗りたくなくなるのかな」。青山千春博士は即答しました。「普通なら、もう乗れません」

 来る日も来る日も、飛行機に乗っている、多い日は1日に4度、乗ったりするということは、航空機事故に遭う確率が現実に格段に高くなっているということです。
 しかも、 National Geographic Channel で「乗員乗客全員が亡くなりました」というような実際の結果を見続けてのぼくなりの結論は、「ほとんどの航空機事故は、信じがたいような初歩的なヒューマンエラー(人的ミス)で起きている」ということです。
 そして、この National Geographic Channel でまさしく視たとおりの、「着陸の緊急やり直し」にすでに二度、遭遇しました。うち一度は、搭乗機がドンと着地した瞬間に異常にエンジンを噴射してかなり無理な角度で急上昇し、たくさんの実録をみてきただけに失速の可能性が分かり、「これは、墜落するかな。助かる乗客も出るかも知れないが、俺は死ぬのではないかな」とふつうに思いました。

 しかし、それ以降も毎日、飛行機に乗るとき、まったく気になりません。自分だけは死なないと思っているということではないのです。そのように自分を特別扱いはしません。
 命を天に預けているだけのことです。


▼そして、気持ちが折れるとか、弱音とか、そのようなことは前のエントリーで一言も申してはいませんね。
「しょげていました」と書いたのは、吉田さんに申し訳ない気持ちを述べたのです。自分の強気とか弱気とかを述べてはいません。

 少々ひとが集まったからといって、集まったみなさんも、ぼく自身も、敗戦後の日本ではまだまだ圧倒的に少数派であるのに、多数になりつつあるような錯覚を持たないようにしましょうと、それを申しました。
 そこは、できれば理解していただきたいのです。


▼もうひとつ、おのれの意思のままに全き自由を生きている、誰の指図も受けず意のままに仕事を遂行しているということは、結果責任を、誰に一言も言われずとも、おのれ自身で取るということです。
 関西テレビとも、何の契約もしておらず、何の指示も一切、受けません。
 したがって、「水曜アンカー」も、関テレの側の負担、苦労に報いるだけの結果を出せていないと自身で判断する日がもしも万一、来れば、身を処します。
 それは、士道からして、当然至極のことです。


▼そのうえで、みなさん、すべての書き込みをありがとう!
 こころから。


▼さて、すこし急ぎのお知らせがあります。

▽きょうから始まっている靖国神社の「みたま祭」に、ぼくのつたない揮毫(きごう)が掲げられています。
 屋台も出て、大騒ぎになる外苑ではなく、ひっそりしている内苑にあります。
 ちなみに、ある宮司さんから、こんなメールも頂いています。
「みたま祭に行かれると内苑と外苑の違いに驚かれると思います。外苑で飲んで騒いでいるだけの方々に、少しでも英霊に思いをはせてもらうにはどうしたら良いか?今更ながら我々神職の力のなさを反省せずにはいられらません」(原文のまま)
…みたま祭は、きょう7月13日から16日までです。

▽今度の日曜の「報道ステーションSUNDAY」で吉田昌郎さんを偲ぶVTRのなかに、たぶんぼくも出てくると思います。
 収録がありました。
 ただし、どのように編集されているのかまったく分かりません。

▽「希望の現場 メタンハイドレート」は、前に述べましたように3刷となりましたが、その部数は7千部に決まりました。合計2万1千部です。
 発売まだ間がないことを考えると、意義のあるペースです。

 その3刷から、ぼくの書き下ろした後半部分の「希望の現場とは何だろう」の字の大きさが、ぼくの希望を容れて修正され、読みやすくなります。
 総ページがこれで、4ページ増えました。価格は変わりません。
 あと不鮮明だった一部の写真を鮮明にしてもらいました。

▽7月31日に、アバンティブックセンター京都店で、この「希望の現場 メタンハイドレート」のサイン会があります。青山千春博士とぼくが、みなさんにお会いします。
 19時スタートで21時終了の予定です。定員は80人と少なめです。
 編集者からは「今日13日からブログで告知してOKです」というメールをもらっています。ただ、ぼくが見た限りでは、書店のHPにまだアップされていないようです(7月13日午後4時半現在)。(※読者の情報によると、アバンティブックセンターのFacebookでは告知されているそうです)


*写真は、きょう7月13日に大阪の大和ハウスでおこなった講演会の最後に突然、最前列の母娘のかたから頂いた花束です。
 16歳のお嬢さんが手渡してくれました。
 白梅の少女たちのことを話した直後でした。

 ぼくは、その花束を抱えて、きょうも飛行機で帰京し、そして今、仕事部屋の窓際にこうして飾っています。上の一枚ですね。
 下の一枚は、その花束から花がひとつ落ちたので、グラスに入れて、机の上で一緒に居てもらっています。
 こころが、やすらぎます。

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