On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2020-06-03 18:19:38
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
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歩く矛盾  (すこし書き加えました)

 ときどき、ちっちゃな余談を入れていきます。

* きのう6月2日、たまたま父の忘れがたい命日とぼくの国会質問が重なったので、父と、それから母を偲んで記しました。
 ぼくの背骨をつくってくれたのは、間違いなく、家庭教育です。
 こうしたエピソードを記すと、お母さんやお父さんとの軋轢 ( あつれき ) を記されたコメントがよく、届きます。
 実は、それもよく分かるのです。
 どちらかといえば、女性とお母さんのあいだがうまくいかないという書き込みが、長年の経験からすると、やや多いかなと思います。

 分かるふりはしません。
 ぼくの父と母にしても、完璧な人間では全くなかったですよ、それはもちろん。
 家庭教育にほんとうに育まれたけど、子ども心にいろんな悲しいこともありました。それもすべて覚えています。
 亡くなった人でも、家族でも、名誉を守りたいから、あんまし書かないだけです。

* ごくちいさな例を挙げると、こないだのエントリーにて公設第一秘書の産休からの復帰をめぐって、わが母が「赤ちゃんは泣くのが仕事や」と言っていたと書きました。
 これ、まったく本当です。
 母には、印象深い簡潔な表現、言い回しが多くて、それも子どもの頃から感心していました。
 ただし、ですよ、ぼくのふたりの息子、いずれも名前に「樹」がつくのです。どっちも滅茶苦茶かわいがってくれた母が、このふたりが赤ちゃんのとき、泣いて泣きやまないと「この子は、泣き樹や」と呼んで、やっぱ、嫌そうでしたよ。
 わはは。
 ぼくは母を「歩く矛盾」だと言っていました。
 でもね、母のそこがいいんです。

* もしも両親が、父も母も完璧だったら、とくに厳しくもあった母が、言動に矛盾のない完璧なひとだったら、ぼくはきっと窒息して、今のぼくでは絶対に無かったと思います。
 おのれで言うのはどうかと思いますが、ぼくは本来は明るい、ものに拘 ( こだわ ) らない性格です。
 これ、両親が矛盾だらけだった、そのおかげです。
 窒息せずに育ったから、他人さまにも、いくぶんかは、寛容でいられると思います。

* だからみんなね、心配することはありません。
 この世のほとんどは、何も心配することはありません。

 そのなかで、命に関わるようなことだけは、しっかり心配すべきだから、危機管理を本職の仕事のひとつにしているし、国会議員もたまたま、やっているのです。
 命に関わることのなかに含まれるのは、仕事が喪われてお金がまるで無くなってしまうこともそうだし、病気や感染症で軽症者が多いといっても亡くなってしまう方が確実にいらっしゃることもそうです。
 武漢熱のもたらした膨大にして深甚な危機についても、真の危機に心身を集中させつつ、立ち向かっていくことがいちばん、大切です。
 完璧には立ち向かえない、いや、完璧を期しては立ち向かわない。
 それが、危機管理です。
 最善の危機管理は、ゼロリスクでは決してありません。
『緩和』、国際社会の危機管理用語で言うと MITIGATION を目指します。
 これは、武漢熱のあとの世界で、賢い日本人からやがて始まって、人類に広まっていくだろうと期待しています。
 なぜなら、武漢熱によってかけがえのない命を喪ってしまうことについて、命は二度と返ってこないから苦しみつつも、先進国では最善の結果を出した「自粛」に通じるではありませんか。


 
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