On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2020-08-10 07:33:26
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ひとりの書き手にとっての、ちいさな、ほんのちいさな奇蹟

▼稿を起こした、つまり書き始めたのが、今から18年と4か月前の平成14年、西暦2002年の3月16日。
 それから11年と4か月近く、揺れる電車の中やバス、タクシーに乗っているときを中心に、もっぱら隙間の時間を使ってすこしづつ書き続けて、初稿が完成したのが平成25年、西暦2013年7月4日でした。
 しかし、この小説原稿は、いわば数奇な運命を辿りました。

 掲載が決まっていた文芸誌の編集長が交代すると、その会ったことも話したこともない新編集長に一字も読まれないまま「青山繁晴の原稿は載せない」と拒まれて、宙に浮きました。
 しかし、そのこともまた、天の差配と考えて、『苦労してようやく書いたのに』とは考えずに、何度も何度も改稿を続けていきました。
 そしてとりわけ忙しい令和2年、西暦2020年の7月25日に、最終稿を脱稿しました。
 起稿から18年と4か月あまりですね。

▼原稿を読んだ扶桑社の編集者、それはノンフィクションの「ぼくらの祖国」を担当してくれた編集者が、ぜひとも世に出したいと仰って、単行本としての出版が決まりました。
 その編集者から、初校のゲラが届きました。(ゲラとは、本の中身そのままの体裁となった仮印刷のことです)

 印刷されたのを見るのは初めてなんだから、じっくりとこのゲラ直しに取り組まねばなりません。
 ほんとうに、そうしたかった。
 しかし、もろもろの公務、消費減税の議員立法から海外の同胞への支援まで、押し寄せたまま、いや違いますね、おのれ自ら引き寄せて取り組んだまま何も楽にならず、そして武漢熱に加えて、尖閣諸島も危機的となり、ゲラ直しの時間が一切取れないまま、きのう8月9日日曜に、〆切の前日となりました。

 きのうの夜、感染症対策を施したうえで、会合に臨み、雑談のなかで思わず知らず「明日の朝、本一冊分のゲラ直しの〆切なんだけど、まだ見てすらいない」と話すと、相手は「それは・・・大丈夫ですか」と言っただけで、もう呆れ顔でしばらく黙っていらした。

▼ゆうべ帰宅してからも、公務やまず、ようやくゲラ直しに取り組んだのが、もう今日、つまり〆切当日になった8月10日月曜、山の日の、午前3時ちょうど。
 まずは本の冒頭に置く、献辞、そして平仮名、漢字、カタカナ、ローマ字の使い分けに関する註記、それからこの書が世に出るまでの簡単な経緯を記しました。
 これを編集者にEメールで送ったのが、午前4時18分。
 そこから、初めてゲラ直しに取り組みました。
 そして午前7時25分、完了したのです。

▼18年4か月かかった小説の、400字詰め原稿用紙にして211枚ほどのゲラの直しを、わずか3時間あまりで終えました。
 しかし、まったく無理のない作業でした。
 予感もしていました。無事に終わるだろうと。

 未明3時ちょうどから午前7時25分まで。
 不肖ぼくにとって公務は土日祝日関係なくありますが、それにも一切、影響を与えることの無い時間帯と、費やした時間で、終わりました。

▼やれやれ、これでこの朝に編集者に渡すことができます。
 11月11日の発刊まで、あと3か月あります。
 一冊の本はほんらいはこうやって、かなりの時間を掛けて世に送り出されていきます。
 書き手のぼく以外に、編集者、校正者、装丁のデザイナー、印刷会社のひとびと、版元と書店を取り次いでくださるひとびと、そして全国各地の書店員のみなさん。
 書き手による原稿の執筆、ゲラの直しが終わっても、そのあとこれだけ沢山のひとが関わってくれます。

 そして最後に、読者、あなたさまの胎内に入ります。
 本は、できあがっただけでは、本になりません。
 読者ひとりひとりに読まれ、そのおひとりの体験、思想、感覚、全部を通過して、そのひとだけのものになります。

▼きょう完了した初校ゲラ直しを受けて、いずれゲラの第2校が上がってきます。
 それも確認したら、この『わたしは灰猫』はついに、ぼくの手を離れていき、みなさんの手元へまっしぐらの道を辿ります。

 何事も諦めないことですね、と、どこかから静かな声が聞こえてきます。






 
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