On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2020-10-21 03:44:37
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
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鶏もまだ鳴いていない、かな ?  (推敲しました)

 いま午前3時44分です。
 ニッポン放送の朝の番組、6時開始の番組に参加するためには、この時間から支度せねばなりません。
 いや、ほんとうは、ちょうどこの時間から始めたのでは間に合わないので、午前3時05分ぐらいから準備・支度を始めています。

 これを毎日、やっている飯田アナ、新行アナ、そしてプロデューサー、ディレクター、タイムキーパー、放送作家らすべてのスタッフのみなさんのご努力はたいへんだと思います。
 このみなさんはおそらく、毎日のことだから、夜はなるべく早く休んでいらっしゃるでしょうね。
 ぼくは、たまにのことなので、夜の仕事を削るわけにいかず、すると寝ても30分あるかどうか、ということになります。
 ま、ぼくは、たまにのことですから大丈夫です。
 ぼくよりはずっと参加機会の多い、他の論者はもっとたいへんだと思います。

 そしてリスナーも、ふだんからたいへんな早朝仕事のかたが、仕事をなさりながら聴いてらっしゃることに加えて、ぼくの参加に合わせて早起きをされて、お聴きになる方も、数はとても少なくても、きっといらっしゃるでしょう。
 みなさん、こゝろから頭が下がります。
 ありがとうございます。

 まもなく耳でお目に掛かりましょう。

 ところで鶏というと、エルサレムを訪れたときに旧市街の城壁を出て、向かいの丘に登っていくと鶏鳴教会があります。けいめい・きょうかいですね。
 主イエスは最後の晩餐のあと、弟子のなかでも主要なひとであったペテロに「あなたこそ、 ( 未明に ) にわとりが鳴く前に、三度私を知らないと言うだろう」と予言したのでした。
 ペテロは「あなたと共に殺されても、あなたを知らないなどとは申しません」と決然と、答えます。
 この直後、ユダの裏切りためにイエスが捕らえられると、弟子はペテロを含めて、みな、イエスを置き去りに逃げてしまいます。
 イエスはひとり、孤独のなかで、無慈悲に拷問されます。
 ペテロは、イエスが拷問されている現場に戻り、見物人に紛れて、その凄惨な様子を見ています。
 すると、ある女性がペテロを指差して、イエスと行動していたことを証言します。
 ペテロは「何を言っているのか分からない」と強く否定します。ペテロはこの否定を、総督ピラトへの答えを含めて三度、重ねます。
 その時でした。
 鶏が、高く鳴いたのです。
 ペテロの胸には「鶏鳴のその前に、あなたは三度、わたしを知らないと言うであろう」というイエスの予言が甦ります。
 ペテロは、崩れ落ちて、泣きます。

 鶏鳴教会の扉のひとつには、イエスがペテロに予言なさる場面を描いた印象深いレリーフがありました。なんとイエスは、その指を三本立てて、ペテロを見ていらっしゃいます。
 ぼくはクリスチャンではありません。
 今後もキリスト教徒になることはありません。
 しかし父が仏教徒、母と姉がクリスチャンの家庭に育ちました。
 母と姉は、日本キリスト改革派教会、すなわちカルヴァン派に属するプロテスタントでした。したがって、聖書を重視します。
 母は、何も強制しませんでした。聖書を読みなさいとは言いませんでした。
 ひとつには「神さまがいるのなら、どうしてこの世にこんなに悲惨なことばかりが起きるのか」という、あの横田滋さんがかつて語られていたのと同じ、疑問を持っていたからでしょう。

 それでもぼくは、身近に聖書がありましたから、わりあい馴染んで育ちました。
 家にあった膨大な書を、幼いときから読み尽くしていましたから、聖書もごく自然に開いただけですね。
 そのなかに、この鶏鳴の場面がありました。

 長じて、エルサレムに入り、仕事のあいまに城壁を出ると、この鶏鳴教会があったのです。

 さて、もう出発時間が迫ってきました。
 あらためて、主イエスの深きも深い孤独が、わが胸にも迫ります。






 
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