On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2020-12-09 06:09:27
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いったい『右』とは何でしょうか (推敲しました)

 今朝、つれづれなるままに思うこと。

▼先日、ある会合で自由民主党の現職・衆議院議員があいさつのなかで、「青山センセイが私の左に座っているので、あれ ? と思った。右のはずなのに」と仰いました。
 ご自分で、ころげて笑いながら、です。
 ぼくは一瞬、意味が分からない。

 そしてすぐ思いました。『青山は右翼なのに、私より左に座っているなんて・・・というジョークのおつもりなんですね。もしも、ぼくが右なら、逆に自由民主党議員のあなたさまが極左になってしまいます。なぜなら国際社会では、ぼくはふつうに真ん中ですから』
 和 ( なご ) やかな会合ですから、むげに反論したりしません。
 けれども、同席している行政官 ( 官僚 ) たちが、この議員への一種のお追従も含めて、笑っているのを見て、やんわりと「ぼくは真ん中ですよ」とだけ、しかし、はっきりと申しあげました。

▼そしてつい最近、護る会 ( 日本の尊厳と国益を護る会 / JDI ) について「右の集まりだ」と考えているらしい、自由民主党の議員ふたりにたまたま会いました。

 護る会が掲げる三本柱は、「皇位継承の父系一系による安定」、「中韓による国土侵蝕の阻止」、そして「スパイ防止法の制定」です。

▽父系一系とは、神武天皇から絶えることなく続いてきた天皇陛下のご存在を護ることです。
 母系・女系の天皇陛下の誕生をもしも政府が許せば、それは違う王朝です。
 天皇陛下のご存在を伝統のままお守りすることは、日本が日本であることです。
 これを右だ、右翼だと言うのなら、それは日本社会全体が、極度に左にずり下がっていることを、ほんとうは意味します。
 ぼくは右翼、左翼、右左という言葉を、ほんらいは使いませんが、このエントリーではやむを得ず、誰にも分かりやすいように申します。

 また国際社会においても、それぞれの祖国の根っこを護り続けることは、国民国家の普遍的な価値観であり、それが右ということは、まったくもって、ありません。

▽国土が外国によって侵蝕されているのから、それを食い止めて、領土を護るのは、これもまさしく国民国家の基本中の基本であり、これが右などということも決して、ありません。

▽さらに主要国家でスパイ防止法が無いのは日本だけであり、外国のスパイ活動を野放図に放置していることは、国民国家としてあり得ないことです。
 これも国際社会において、右翼扱いされるなど、まったくありません。

▼国民国家としてもっとも普遍的な尊厳と国益、それを回復することを掲げているだけの護る会が「右の集まり」と解釈されるのは、実は深刻な問題です。
 自由民主党の議員も、少なからぬひとびとが、無意識に、無自覚に、おおきく傾いて、国民国家としての健全な常識を逸脱していることを意味します。
 蟹は甲羅に似せて穴を掘る。
 民主国家であればあるほど、国会議員は、社会の反映です。
 敗戦後の日本社会がこの75年間ずっと、大きく、いわば「左」に傾いたままで居るのです。
 だからこそ、憲法9条の改正も実現しません。国民投票で改正が実現する見通しが立たないから、安倍前総理も、国会からの発議に踏み切ることができませんでした。

▼上記のように、護る会を「右」と扱い、代表のぼくを「右翼」と言いたげな議員おふたりに、ぼくは、ありのままにこう申しました。
「ぼくは、国際社会の知友のなかで、ごくふつうにリベラリストとして扱われています。常に弱者の側に立つからです。なんどか、『ぼくは日本へ帰ると、右翼扱いされることが珍しくないんですよ』と言ったことがありますが、そのたびに、彼らはとても驚きました」
「一体なぜ、と聞くので、『祖国を愛しているからでしょう』と答えると、彼らは腰を抜かします。『日本では、小学校の時から、祖国を愛することを教えないのか』と聞いた南米のひとも居ます。世界では、国民に子ども時代からまず、国を愛することを教えて、その土台の上に立って、さまざまな考えに分かれていくのです。現状の日本が異常であると思われませんか ? 」

 これを、ごく穏やかに話しました。
 おふたりの議員のうち、ひとりが「青山さんの言う弱者って、誰」と聞きました。
 いい質問だと思います。
 ぼくは即座に答えました。

 しかし、このブログには、そのときに言わなかったことを記しましょう。
 ぼくの頭には、三つの戦場の光景が浮かんだのです。
 旧ユーゴスラビアの隣同士が包丁やまさかりや、そしてお隣への放火で殺しあった戦争。
 アメリカ軍がイラクの正規軍を圧倒したあとに、フセイン大統領に押さえ込まれていたテロリストがむしろ、暴れ回って人を爆殺し続けたイラク戦争。
 そして、救い主キリストの生まれたベツレヘムを主戦場のひとつにして殺し合いが続いたパレスティナ戦争。

 そのいずれの現場でも、ぼくは、何もかも裂かれ、壊された子どもたちに逢いました。
 アメリカ軍の劣化ウラン弾の影響なのか、首と顔のあいだに、びっくりするぐらい巨大なコブを作って、破壊された土手を歩く少年。
 男の子や女の子、それぞれの忘れがたい眼と声が、わっと、浮かびました。

 これが弱者でなくて、なんでしょうか。
 しかし、ぼくはこの議員にそれは言いませんでした。
 言う気がしなかったのです。
 あの現場を歩かずにいるひとに、弱者とは何かを話しても、わからないだろうと思ったからです。

 そうですね、いまは、反省しています。
 言う気がしなくても、言うべきでした。相手は、主権者に選ばれた国会議員ですからね。

 来る日も来る日も、こゝろのなかは鬱屈の日々です。みんなと同じです。
 それでも、魂の奥は、まったく鬱屈していません。
 水の中に陽が差すように、明るく、います。
 覚悟を決めていますから。

 いま64人を数えるまでになった護る会の議員とともに、護る会を「右の集まり」とみる議員とともに、そしてすべての主権者とともに、じりじりと歩むだけです。
 斃 ( たお ) れるまでは。





 
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