On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2021-04-24 12:34:58
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
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このブログで連載の小説 ( 物語 ) を掲載するかどうかについて、小考



▼きょうの土曜も、いつもの通り、仕事に励んでいます。
 しかし平日と違い、どんどん押し寄せ、押し寄せすぎて重なってしまう公務日程の、無いときがあります。
 特に武漢熱が拡がってから、週末に限っては、公務日程が減りました。
 ただし先日の長野入りのような選挙応援があると、1日をフルに費やさねばなりません。誤解を恐れず実感を申せば、週末の1日が丸ごと吹っ飛ぶ感じです。

▼きょう4月24日土曜は、久しぶりに公務日程が入っていません。
 したがって仕事は、まず公務については電話とEメールです。
 たくさん抱え込んでいる交渉ごとは、週末や、たとえば年末年始でも絶えることがありません。民間専門家の時代もそうでしたが、国会議員になってしまってからは桁が違います。
 それでも原稿執筆、ゲラ直しも、いくらかはできます。

 たった今は、脚力を失わないための立ち机で、デスクトップパソコンのフルスクリーンにてソプラノのモイツァ・エルトマンさんの歌を聴きながら、モバイルパソコンで原稿を書きつつ、皇位継承まんがのゲラ直しをしています。

 その原稿は、次の書籍のための原稿です。
 ひとつは新潮社から依頼されたまま未完のノンフィクション ( ほかに小学館も未刊原稿があるので頑張らないと・・・ ) 、ひとつは新作の、と言っても実は小学生の頃から構想している小説、それと第1号の配信から満21年を超えた会員制レポートの東京コンフィデンシャル・レポート(TCR)の第1174号(次の配信を予定しているレポート)の、きょうは3種類です。
 3台セットしているモバイルパソコンで書きますが、気分によっては、1台のモバイルの画面を切り替えて書きます。そのメインのモバイルパソコンは、ぼくの写真にときどき映り込んでいる青い天板のやつですね。天板に至るまで純国産です。

 こうした同時進行がぼくにとっては常態です。
 ちなみに、テレビはCS放送でヴィクトリア女王の印象深いエピソードを扱った映画を、音声を消して、ちらちら視ています。今ちょうどエンディングですね。
 同時進行は、ぼくの単なる癖です。子どもの頃からです。単なる癖ですが、今の実態としては、これをやらないと何もかも終わりません。仕事を完遂できません。知らないひとがもしも見たらびっくりでしょうが、家族は、ぼくの子ども時代の父や母を含め、まったく慣れっこです。

▼ただし、音楽や映画の音声を聴きながらの作業ではできない仕事がひとつだけあります。
 それは、おのれの書いた文章を最終的に確定するときの、ゲラ直しです。
 これだけは、無音でないとできません。

 新しく創造していくときや、新たに書き起こしていくときは、映像とか音楽があった方がいいです。
 書いた文章をざらっと見ていく時も、そうです。
 しかし確定する時だけは、駄目です。
 なぜなのか。
 新しく創るとき、それから、鳥の目で大雑把にみるとき、それは自由な、雑然とした同時進行がいい。
 最後の確定どき、それはビシッと集中したい。
 そういうことじゃないかなと思います。

▼ヴィクトリア女王の映画に表れている場面は、とても興味深いです。
 いずれ、音楽は聴かないときに、何かの原稿を書きながら、音声を出して鑑賞したいと思います。

 いま歌を聴いているエルトマンさんは、そのモーツァルト観に共感しています。モーツァルトには過剰なところが無いという解釈です。
 それはまさしく、不肖ぼくが「わたしは灰猫」を長い時間を掛けて書いているときに、いちばん心がけていたことのひとつです。

▼写真は、皇位継承まんがのトップページです。
 すでに新動画の「青山繁晴チャンネル☆ぼくらの国会」の第139回でも公開しています。(ここです)
 6月18日金曜に発刊と決まっているので、ゲラ直しは確実にこの土日で終えないといけません。
 まんがのゲラを直すというのは、もちろん初めてです。
 主に台詞を見ていき、必要があれば直すことをしていますが、それだけではありません。原作者の責任として、全体をすべて見ていきます。
 弘兼憲史さんが描いてくださった素晴らしい絵をどうかすることは、もちろん絶対にありません。何か、どうしても必然性があれば、版元の編集者を通じて丁寧にご相談することになると思います。

 このゲラ直し、上記でいうと、まだ大雑把に見ていく段階です。だから同時進行中です。
 6月18日金曜の刊行を動かさないために、この土日、何があっても、最後の確定どきに進めて完成させねばなりません。

▼さて、このエントリーのタイトルの件です。
 今日は上述したような土曜日です。
 仕事はいつも通りに重なっていても、公務日程がない、移動しなくても良いということで、気持ちが寛いでいます。
 それに何より、昔から ( 大袈裟に言えば ) 告白しているとおり、自分が仕事でも世間が休みだと、自分も休みみたいにリラックスできます。
 この性格で、けっこうぼくは得をしていると思います。そのように生んでくれた母と父に、大感謝です。

 寛いでいるので、いろいろアイデアがぽこりぽこりと頭に浮かんできます。
 新動画でみなさんに相談した「ブログで小説を連載する案」、秘書さんはみな、『そんな時間がどこにあるのですか』という顔で心配し、ぼくも『そうだよなぁ』と思って、そのままになっています。
 しかし、みなさんから希望は強いから、こゝろの底で考えています。

 きょうふと、思ったのです。
 かつて、新聞小説の連載というのがありました。
 いやいや、トンデモナイ、今もありますが、ぼくも今は読んでいないです。子ども時代から学生時代までは、あれほど沢山の本を読みつつ新聞小説も読んでいたのに、もう読まないですね。
 新聞そのものが目の前で滅んでいこうとしている今、ブログで連作小説は、ふつうにあり得ることかな。そう考えました。

 ただし新聞小説は当然、ギャラが出ていたわけで、プロフェッショナルの仕事として成立していました。
(今ももちろん、出ていると思いますが、ぼくは書いたことがないので詳しくは分かりません。そもそも、作家としてはノンフィクション分野のひととメディアからは見られているでしょうから、連載小説の依頼は少なくとも今のところ皆無です)

 ブログに書くなら無償だと思います。
「有償でいいから読みたい。つまりその部分はペイによって見られるようにする」という案をくださったコメントもありました。
 しかし・・・どうかなぁ。
 現時点ではあまり気が進みません。

 もちろん、結末を迎えれば、出版社と相談して一冊の書籍にする方途はあります。
 ただ、その場合はネタバレ小説ですね。

 じゃ、結末だけは伏せてブログ連載を終わらせ、あとは書籍でと、お願いする ?
 そんなの立ち読み一瞬で終わりですよね。

 新聞小説の現代版かなとは、ふと思いましたが、その先の結論は、まだであります。
 スミマセン。
 懲りずに、またご意見や要望を寄せてください。





 
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