2021-06-06 04:35:54
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
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野の百合
沖縄の白梅の塔に通い始めて、何年か経った頃です。
慰霊の塔に頭を深く下げ、慰霊碑に並ぶ日本女子と先生方の名をお呼びしつつ水を捧げ、自決壕に向かいました。
いつもと同じく、ほかに人気 ( ひとけ ) はありません。
暗い壕に降り、白梅学徒看護隊の少女たちが斃れていた冷たい、湿った土を撫で、語りかけ、やがて車で去るときに、壕の入り口のすぐ上に、一輪の百合が咲いているのが、眼に入りました。
ほっそりと長く茎が伸び、百合がただ一輪だけ、白く咲いています。
壕に入るまえ、その入り口で手を合わせ、きょうの壕の様子をじっくり見てから、ゆっくりと一歩を踏み出したのです。そのとき、百合はありませんでした。
いつもの雑草が壕の黒い入り口を、囲んでいただけです。
眼に入ったのは一瞬でした。車はすぐ、緩い坂をくだり、白梅の塔から遠ざかります。
それでもぼくは、両眼を思わず見開き、百合の白い色を眼の底に刻み、首を回して見続け、その一瞬は長い一瞬でした。
走る車のなかで、ぼくは誰にもなにも言わず、やや俯 ( うつむ ) いて、何が起きたのかと考えていました。
あれから長い歳月も流れました。
いまもふと、考えます。あれは何だったのかと。
慰霊の塔に頭を深く下げ、慰霊碑に並ぶ日本女子と先生方の名をお呼びしつつ水を捧げ、自決壕に向かいました。
いつもと同じく、ほかに人気 ( ひとけ ) はありません。
暗い壕に降り、白梅学徒看護隊の少女たちが斃れていた冷たい、湿った土を撫で、語りかけ、やがて車で去るときに、壕の入り口のすぐ上に、一輪の百合が咲いているのが、眼に入りました。
ほっそりと長く茎が伸び、百合がただ一輪だけ、白く咲いています。
壕に入るまえ、その入り口で手を合わせ、きょうの壕の様子をじっくり見てから、ゆっくりと一歩を踏み出したのです。そのとき、百合はありませんでした。
いつもの雑草が壕の黒い入り口を、囲んでいただけです。
眼に入ったのは一瞬でした。車はすぐ、緩い坂をくだり、白梅の塔から遠ざかります。
それでもぼくは、両眼を思わず見開き、百合の白い色を眼の底に刻み、首を回して見続け、その一瞬は長い一瞬でした。
走る車のなかで、ぼくは誰にもなにも言わず、やや俯 ( うつむ ) いて、何が起きたのかと考えていました。
あれから長い歳月も流れました。
いまもふと、考えます。あれは何だったのかと。