On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2021-07-23 23:55:07
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【事実関係の正確を期して、書き直しました】  開会式が終わって

▼水面下で長く、動き続けたことが、ひとつ、実現しました。
 水面下のことであり、誠に申し訳ありませんが、中身は申せません。

▼また、尊敬する愛国者、国士の作曲家であるすぎやまこういち先生の交響楽が、選手入場のあいだ流れていたのは、素晴らしくうれしいことでした。

▼橋本聖子・組織委員会会長の、お仕着せではない、みずからの信念と熱情の込められた挨拶も、聴きごたえがありました。

▼一方で、たいへんな、負の衝撃がありました。
 言うまでもなく、天皇陛下がお立ちになって開会宣言をされるときに、総理が立っておられず、気づいた都知事が立たれて、それで初めて総理が立たれたことです。
 総理や都知事が、陛下に遅れて立たれた事実は、開会式の生中継だけではなく、すでに開会式後のニュース映像でもはっきりと何度も日本国民と世界の眼に晒されています。
 論を待たずに、極めて重い、取り返しのつかないことです。
 総理を送り出している自由民主党の現職議員のひとりとして、指摘せざるを得ません。指摘しないで沈黙するなら、それは主権者への裏切りです。右か左かの問題ではありません。日本国の根っこに直に、かかわることです。

▼もうひとつ、場内に起立を促したのはいつだったか、ということです。
 日章旗の入場と掲揚・国歌独唱、天皇陛下の開会宣言、五輪旗の入場と掲揚、順番としてはこの順で行われましたが、ぼくの視ていた限りでは、五輪旗の入場の際に初めて、場内の起立を促すアナウンスがあったと見えました。【→ 日章旗の掲揚と国歌独唱の前にも、場内の起立を促すアナウンスがあったことを確認しました。7月24日記】
 ただし、ぼくは、いつもと同じく急ぎの仕事をしながら視ていましたから、ひょっとすると、見間違いかも知れません。今後、確認します。
 また、それぞれの場内起立については、ひょっとしたら、不肖ぼくの知らないオリンピックならではの慣習があるのかも知れません。これについても調べます。前回の東京五輪にしても、ぼくは小学生でしたから、おのれの記憶を当てにするわけにいきません。

 ただし、五輪を日本で行う以上は、日本国民にとって何が正しいか、そして国際社会での正しい儀礼からしても、オリンピックの慣習がもしも仮にあるとしても、本来は、日本の国旗と国歌、天皇陛下の開会宣言、そして五輪旗、いずれも場内の起立が不可欠だと、ぼくの考えとしては、迷いなく考えています。
 無観客ではあっても、スタンドに人はいらっしゃいましたし、選手と関係者は当然、いらっしゃいましたから「場内のみなさまがた」というものは成立していました。全員起立が必要なときには、少なくともきちんとアナウンスでは呼びかけるべきです。
 しかし、もう一度申しますが、ぼくの勘違い・見落としや、知らないことがあるかどうかを、慎重に確認します。






 
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