2023-01-17 12:35:16
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
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ロンドンから、まさしく一瞬でパリへ移動、パリでは泣く子も黙る国家憲兵隊が待っています
▼イギリスのヒースロー空港に直結したホテルで、40分ほどの仮眠から起き、風呂が無いので、いつもの熱いお湯で甦ることができず、あえて冷水のシャワーを全身に浴びて、この旅の常識「ホテルはたった数時間でチェックアウトする」というルール ? ( むちゃくちゃや ) の通りにチェックアウトし、英国の政府機関へ。
英国政府からは、実質的に3機関ないし5機関から専門家と政府高官が集まってくれました。
異例のことです。
今回も外務省本省と駐英国日本大使館が良心的に連携してくれました。
▼英国側には、かなり緊張している高官もいました。
不肖ぼくの専門的な経験や知見を事前に、日本国外務省あるいはIAEA ( 国際原子力機関 ) から聴いているのと、現職の日本の国会議員である・・・という理由が拝察できました。
ありのままに申しましょう。
「日本の国会議員というのは、外国に出て来るにしても、全額を公費で賄ってもらい外務省丸抱えでやって来て、会談では、役人の用意した紙に目を落として日本語で読み、それを通訳してもらって、質疑もすべて通訳頼み。そのときの質問や答えも、一般論ばかりで、諸国政府はなにも警戒する必要がない。適当に対処して、その国会議員、政務官、副大臣、大臣に喜んでもらい、双方が幸せで居られる」
これが、現実なのです。
▼ぼくの推測ではありませぬ。
アメリカ、イギリス、フランス、ドイツそれぞれの政府の高官や実務者、そして軍の将軍・佐官らから、ほぼ同じことを長年、聴いてきました。
そして日本政府の行政官 ( 官僚 ) のなかにも、この現実をぼくに、ほぼありのままに語る良心派も存在します。
▼今回の出張は、この諸国の常識の真逆です。
費用は全額、この国会議員の自腹。したがって、自由・自主を確保している。何を問うてくるか、この議員次第。
会談・議論では、紙を棒読みするどころか、そもそも何も紙を持っていない。通訳なし。すべて英語で相手の目を見て踏み込んでくる。
その質疑は、戦地のただ中に入ってきた経験や、福島第一原発の事故最中の現場に専門家として世界でただひとり入った経験を踏まえていて、一般論はゼロ。
核セキュリティの分野では、民間の専門家時代に実際に日本に初めて、全原発に常駐する武装警官隊の実質的な創設、DBT ( 設計基礎脅威 ) をめぐる制度の創設などを、日本政府と連携しておこなった実績がある。それに基づいて、一般論はゼロ。
核セキュリティは専門分野のごく一部であり、外交、国家安全保障、国家危機管理、資源エネルギー、メディア・リテラシーの専門性を踏まえて、包括的にも、一般論はゼロ。
それに現役の作家、大学の教官でもあるらしい。なんだ、こいつは。
諸国は、こういうわけで警戒しているようです。
ようです、と書きましたが、これもぼくの勝手な推測ではありませぬ。
今回、公的な関係者から「アメリカをはじめ、過剰なまでに青山議員の訪問にびびって警戒していますよ」と何度も聴きました。
わはは。
わたしゃ、ワニでも虎でもない。
精神の奥だけは、獅子でいようとささやかに心がけてはいますけどね。
だから民間の専門家時代と大きく異なり、あらゆるアポ取りに苦労しています。
ぼくの目指したアポの6割ぐらいしか実現していません。
しかし逆に、6割のアポが実現しているのは、外務省・在外公館のなかの良心派の努力、連携している独立総合研究所の努力、議員会館の青山繁晴事務所の努力、これらの総合力のおかげです。
同時に、その総合力のなかに、課題も見出しています。特にぼくの足元、議員会館の青山繁晴事務所です。
それは今後に活かしていきます。
▼昨日のロンドンでの議論に話を戻すと、緊張なさっている高官、それから懐かしい顔も見出しました。
かつて現場であったひと・・・ではなくて、そっくりの雰囲気、ひと目でそうと分かるお顔と、かもし出す空気です。
それは、英国の Civil Nuclear Constabulary ( 民生原子力防護警察隊 ) のみなさんです。
「警察官だと、すぐ分かりましたよ」と言うと、満場が大笑いで、緊張が解けたようでした。
( 冒頭の写真の左端に、どっかと座るひとです )
▼そのうえで、日本の国益にとって不可欠な、新しい日英同盟の前進にも有益な議論を、実に2時間以上たっぷりと交わしました。
出席者のうち、英国の原子力規制・防護当局の高官がとても怜悧な雰囲気でいながら、言葉はきわめて明晰、中身も変な遠慮がなく素晴らしかったので、会談が終わったあとで「あなたの話は非常に分かり易かった。英語も語尾が曖昧だったりしない。どこのご出身ですか」と思わず、聴いてしまいました。
彼は、少しはにかんで「スコットランドです」と答えました。
ぼくは「スコットランドは大好きです」と本音を言い、そして「スコットランドの抱えている複雑な思いも良く理解しています」とつい、微妙な部分に踏み込んで言ってしまいました。
彼はぼくの眼を見て、孤独の陰のような雰囲気が一瞬だけよぎって「ありがとう。またお会いしたいですね」と仰いました。 ( 冒頭の写真の左からふたりめのひとです )
▼この会談・議論が終わると、昼ご飯だけを食べて、もう空港に向かわねばなりません。
同席してくれた日本の外交官と、同行しているヘイワース美奈・独立総合研究所・研究本部・社会科学部研究員と歩いて、イギリスのカジュアルなレストランであるパブに向かいました。
こんなに費用を投じて、ロンドンもどこも、一瞬しか味わうことができません。
神さまがすこし可哀想に思われたのか、ロンドン名物の騎馬警官が偶然、登場しました。
かつては、この騎馬警官と楽しく話もしました。
その頃と違って、おふたりとも女性ですね。
▼駐英公使の川上恭一郎さんです。外務省きってのロシア通でいて、お人柄が穏やかです。
そして日本の原子力規制・防護当局から出向している佐久間清美・二等書記官です。いい笑顔をなさっています。核セキュリティの専門家です。がんばれ、戦え、日本女子。
▼連携している独立総合研究所のヘイワース美奈研究員です。
ぼくらの背後は、英国の国防省です。
ウクライナの国旗が翻っているのが、お分かりになるでしょうか。
写真だと、こんなに小さくなってしまうのですが、実際にはくっきりと、はためいています。
英国も米国もいま、ウクライナの支援をめぐって内部で苦しんでいるのですが、ずっとウクライナを支援してきた英国の姿勢は依然、明確です。
ロシアの独裁者プーチン大統領による隣国占有の野望を実現させてしまえば、民主主義はオシマイです。
▼このあと4人で、フィッシュ・アンド・チップスやハンバーガーの昼食を摂って、突っ込んだ議論もしました。
写真にうつっているあたり、ぼくらが英国政府の建物からパブへ歩いたあたりは、ビッグベンが聳 ( そび ) えていたりロンドン最高の観光地ですが、ただ歩くだけ、観光らしい観光はありません。
そしてパブから直接、ヒースロー空港へ向かいました。
国境を越える飛行機に乗るたびに繰り返している徹底チェック、すなわち荷物を全部、開けられ、全身をベタベタ触られるチェック、それから飛行機の狭い座席に耐えて、パリへ向かいました。
危機管理もぼくの専門分野のひとつであり、こうしたチェックの意義を当然、よおく理解しています。ですが、毎日のように繰り返し直面するのは、かなり辛いです。
そして欧州内を移動する飛行機というのは、とにかく狭いです。
これが疲れのひとつの要因ですねー。
クレイジーな強行軍だと、そうなります。
へとへとでパリに着きました。
ホテルにチェックインするとすぐ、仕事の山です。
夕食も摂らないまま、もう朝の5時40分になってしまいました。
▼しかし意気軒昂です。
ほんとうに困るのは、味方の足を引っぱる同胞の振る舞い、それだけです。
それは次のエントリーに簡潔に記します。