2023-08-16 01:08:38
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
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祈りと覚悟 いちにちを置いて

▼「全国戦没者追悼式」と日本政府が名付けている式典が、ことしもすべて終わったのが、ちょうど24時間ほど前の8月15日午後1時ごろでした。
その夜半に仕事をしていて、あらためて考えたのは、現実を見るときに、過去と、たった今と、未来のいずれをも真っ直ぐに見ていなければならないということです。
それは簡単なことでは、ありませぬ。
たった今を正確に見ることは極めて難しい。世界は広く、深い。
それに、よほど自分を客観的に突き放して、澄んだ心境を保たないと、実は目の前のこともよく見てはいないのです。
過去は、どうか。
過ぎ去ったことであるから、今を見るよりは、全体像がよく見える・・・ようでいて、実はやはり忘却というものの凄まじい力にやられている。
未来は、いつも深い霧の中です。先のことは分からないから、というだけではなく、どうしても自分に都合良く、根拠のない楽観や、逆に根拠のない不安に邪魔されて視界を喪うからです。
しかし、日本のまつりごと ( 政 ) と文学に、仕事として関わる以上は、それをやらねばなりません。
8月15日という日は、過去の戦争と敗北を見るだけではなく、現在と未来を同時に見る日だと、いつも考えています。
それが、人のために祖国のために、みずからの永遠にひとつ切りの命を捧げられた同胞への、最低限の責任だとも考えています。
▼上掲の写真は、8月15日の朝に、まず靖國神社へ正式参拝を致したときです。
超党派の国会議員で参拝するまえに、集うて、靖國神社の山口建史 ( たてぶみ ) 宮司にご挨拶をします。
宮司は、写真の右奥です。
宮司はわたしに、ある著名な団体の参拝にも参加されますかと、お尋ねになりました。
不肖わたしは、いかなる団体の支援もお受けしない立場から、参加しないのです。「いえ、参加しません」とだけお応えしました。
宮司はいつものように穏やかに頷いてくださいました。
▼参拝そのものは、あまりに当然ながら、議員として撮影などはしません。
メディアからは沢山の写真を撮られます。例年、そこはかとない敵意が伝わってきます。しかし最近は、いくらかそれが薄れた気配もあります。
ただし、いずれも単なる気配であり、わたしが五感で感じることに過ぎません。確証のある話ではありませぬ。

▼靖國神社から日本武道館へ移動し、定められた席に、早めに着座しました。
「全国戦没者追悼式」が始まれば、撮影は一切、しません。
この写真は、開会の前です。着座したのは、もっと前でした。
天皇皇后両陛下はもちろん、まだお出ましになってはいらっしゃいません。
会場は、まだ本来の照明にもなっていません。すこし暗めです。
▼アリーナの参加者が少なめだと感じられるかも知れません。
ご遺族は年々、高齢になられますが、その代わり、孫の世代のかたがたもきちんと参加されます。
少なく感じられるのは、ひとつは開会までまだ時間がある、もうひとつには、武漢熱対策がとられている ( 国会議員席はほんらいはアリーナでしたが、密を避けるために、写真のような席に変わっています ) 、そして今年は、台風7号のために、実に10の府県からご遺族が参列を見送られました。
戦争で家族を喪ったことに加えての参列見送りは、どんなにか無念でいらしたかと思います。
とても僭越な物言いになりますが、昨日は、そのご遺族のためにも、懸命に祈りを捧げました。

▼全てを終えて、武道館の外に出ると、わたしたちの日章旗が半旗となって、翻っていました。
祖国を甦らせるための覚悟を、もう一度、魂の奥で噛みしめました。