On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2023-11-23 03:50:24
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
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日本の分厚い、理不尽な『壁』  その正体は何か



ひとつ前のエントリーで記したとおり、早朝の外交部会から真っ直ぐ、富山市に向かい、日本海連合が主催する「日本海海洋資源フォーラム」に参加しました。

▼今から12年ほど前のことを、お話しします。
「資源は輸入すればよい。自前資源など無い」という姿勢を政府が頑 ( かたく ) なに変えないことに呆れ果てたわたしは、呆れているだけではなく発想を転換して行動しようと考えました。
 当時は、なにも権限の無い民間の専門家です。具体的には、シンクタンクの独立総合研究所 ( 独研 ) の代表取締役社長・兼・首席研究員でした。

 日本政府は、この「民間人」に、ほんとうは極めて冷淡です。
 官尊民卑という口には出さない本音を、実に千年以上にわたって持ち続けているのです。
 では、政府でもなく民間でもない自治体の新しい連携をつくるのはどうだろうと、考えました。
 アドバイザーなどはいません。
 ありのままに申して、ひとり、考え抜きました。

 考えたら、次は行動です。
 わたしたちが自腹・自主で海洋資源の研究開発をしていた主な現場が、日本海の新潟沖でしたから、まずは新潟県の泉田裕彦知事 ( 当時 ) に会いに行きました。泉田さん ( 現・代議士 ) は経産省資源エネルギー庁出身です。
 次に、全国知事会長だった山田啓二・京都府知事 ( 当時 ) を訪ねました。京都府も北部は日本海沿岸です。
 さらに、「日本海だけに偏らないことも大切」と考え、日本海と瀬戸内海 ( 広い意味では太平洋側 ) の両岸を持つ兵庫県の、井戸敏三知事 ( 当時 ) にも会いに行きました。

 この三者にまず、「日本海連合の結成」を働きかけたのです。
「日本海連合」という名称案を山田全国知事会長に述べたとき、表情が「おっ」というように変わったのを覚えています。
 日本海に面し、日本海側の過疎にも苦しむ府県が新たに連帯する、という意味です。
 この名称が頭に浮かんだとき、その名にチカラが宿るのを感じました。

▼そして泉田さんを事務局長とし、山田さんが会長で、日本海連合が発足しました。
 正式な名称は「海洋エネルギー資源開発促進日本海連合」、略称が「日本海連合」です。
 平成24年、西暦2012年9月のことでした。
 正直、『政府より自治体の方に柔軟性、行動力があるな。自治体に声をかけて良かった』と感じました。





▼そして、日本海連合の第1回会合・フォーラムが開かれたのですが、なんと提唱者だったわたしには、何の連絡も無かったのです。
 パネラーとして招かれない、という次元じゃ無い。いよいよ初会合が開かれるという連絡すら、皆無でした。
 県庁のお役人が、「ただの民間人が提唱者では、ちと、まずい。無視しよう」と裏で談合したのは明らかでした。

『自治体が柔軟、行動力があると言っても、それは政治家である知事だけのこと、官僚は中央よりもっと官僚的だ。ひとつ壁を越えようとしたらまた壁、それが日本社会だ』と痛感しました。
 痛感しましたが、ひとことも苦情を言わず、我慢しました。
 脱私即的、わたくし心を脱してほんらいの目的に即 ( つ ) く、という言葉を創った自分自身の信念に立てば、日本を自前資源を持つ国にすることだけが目標ですから、おのれがどうこうではありませぬ。

▼したがって、わたしはなにも言いませんでしたが、知事さんのなかで「あれっ ? なぜ青山さんが居ないんだ ? 」と部下たちに聞いてくださった知事がいたようです。
 第2回フォーラムが開かれるとき、何事も無かったかのように、わたしもパネラーとして招かれ、壇上の末席に座ったのでした。

 その第2回フォーラムで、経産省の現役の担当課長 ( 石油天然ガス課長、当時 ) が「日本が日本海側のメタンハイドレートをやりそうだというだけで、プーチン大統領が天然ガスの価格を下げてきた」と発言しました。
 オープンな公式の場での発言です。
 日本海連合が政府に前向きの影響を与えたことが、誰にも実感できた瞬間でした。

 わたしも、『これで日本が変わる』と思いました。
 ところが・・・取材に来ていた全メディアが完全にこの発言を無視したのです。
 公共放送だというNHKも、民放テレビも、わたしの古巣の共同通信も、地元紙も全国紙も、とにかく主要な全メディアが居ましたが、このキャリア課長の重要な発言を「無かったこと」にしたのです。

 政府の壁の次は、自治体官僚の壁、それらをようやく越えても、次は、メディアの壁です。

▼写真は、きのう11月22日、日本海連合の発足から11年を経た、富山での日本海連合フォーラムです。
 わたしの発言席は、あれ以来ずっと確保されています。今は参議院議員となり、民間の専門家ではないことも、おそらく影響しているでしょう。

 政府も大きく、ほんとうに大きく変わりました。
 垂れ幕の右側を見てください。
 ちょっと見にくいでしょうが、講演者が「資源開発課長 長谷川裕也氏」とあります。
 石油天然ガス課が、資源開発課に変わったのです。
 わたしは昨日のフォーラムで、その変化の重大な意義を語りかけました。
 外国の石油やガスを輸入するだけが任務の課だったのが、自前資源をも開発する課に変わったのです。
 そして、初代課長の長谷川さんは、メタンハイドレート・メタンプルーム、レアアース泥、コバルトリッチクラスト、マンガン団塊、熱水鉱床・・・日本が自前資源を持つ意味を充分に分かっている、良心派です。

▼しかしいちばん変わらないのは、メディアです。
 メディアは、わたしの存在自体を「この世に居ない国会議員」とする姿勢が変わりません。
 わたしが出馬を宣した自由民主党の総裁選でも、そんなことは無かったこと、わたしという議員は居ないこと、その扱いになっています。
 わはは。
 わたしは、わははと言うだけです。
 かつて日本海連合の事務局の官僚から、居ないことにされて、クレームを申さなかったのと同じように。

 メディアは、NHKを含めてビジネスです。
 ビジネスは、売れるものを売ろうとします。
 主権者の多くがこれまでとは違うものを求めるようになれば、メディアは変わらざるを得ません。



▼富山の背後の立山連峰はこんなに美しかった。
 新幹線でモバイルパソコンを開けば、ご自分の見た情報、ごく部分的な情報だけで口汚くわたしを罵倒する匿名のコメントです。
 いつものごとし、です。
 そしていつものフレーズ「失望した」です。

 もしも、政府に失望し、自治体官僚に失望していたなら、いったい何が生まれたでしょうか。
 日本海連合が誕生し、そして十年を超えて継続しているでしょうか。

▼わたしは、淡々と現場で行動しつつ、発信を続けるだけです。
 新しい書籍も世に問うていますが、ネットの活用としては「青山繁晴チャンネル☆ぼくらの国会」があります。これです。
 ゆうべも、最新の放送をアップしています。
 岸田総理は、護る会 ( 日本の尊厳と国益を護る会 ) の提言を受けて、中国の習近平国家主席に、ブイの撤去も求められました。
 しかし、その日本の投げたボールを中国が無視しているのならば、ただちに、護る会の提言にあるように「海洋ゴミ」として日本が撤去すべきです。
 それが無いなら、日中首脳会談は意味を喪います。
 それを決断なさらないのなら、指導力を喪失していることの象徴になってしまいます。
 この動画で述べています。「岸田・習会談 お願いするだけ ?! 」です。




 
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