On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2025-04-30 02:25:18
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
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今あらためて「民の竈 ( かまど ) 」をおもう



▼万やむを得ず国会議員となっておよそ8年9か月、思いがけず自由民主党の大阪府連会長となっておよそ5か月です。

 なぜ議員となったか、なぜ大阪府連会長となったか、それを確かめる意味合いも込めて、去る2月に、大阪市中心部にある難波高津の宮、別名では浪速高津の宮を、川村香奈枝・公設第一秘書とともに参拝しました。

 高津宮 ( こうづぐう ) は、古代の仁徳天皇が遷都された地です。現在の大阪市中心部ですね。
 仁徳天皇のご遺徳を偲ぶ額が掲げられていました。

「高き屋に登りて見れば煙立つ民のかまどは賑ひにけり」
 仁徳天皇におかれては高台から民の家々をご覧になり、夕ご飯を炊く煙が上がっていないと気づかれ、税を取るのをおやめになって天皇陛下も皇后陛下も困窮されたと伝えられています。
 何年も耐えられて、やがて煙が再び上がるのをご覧になって、よろこばれたときの大御心がこれです。



▼その仁徳天皇をお祀りする難波高津の宮は、遷座されているのですが、それでもやはり高台にあります。 



▼川村公設第一秘書が、お宮を写真に収めています。
 仁と徳の尊い字が左右にあります。



▼現代の民が参拝される姿も、ちらほらありました。
 日本オリジナルの民主主義の原点は、奈良でも京都でもなく、もとは高津宮であった大阪にあります。それは、大阪でもどこでも、ほとんど意識されていないと感じます。

 大阪府連会長になるとき、自由民主党本部の良心的な幹部は「なんで青山さんがわざわざ火中の栗を拾わなきゃいけないのか」と真剣な表情で仰いました。
 その焼けて弾ける栗を丹念に拾い続けて、5か月です。ごく自然なこととして、両手はやけどです。

 そして現代の民からは、この地味なブログにおいては9割9分が苦情と非難と要求です。しかし、それもまた自然なことです。
 いずれにせよ、短い命があるあいだの、ささやかな献身に過ぎませぬ。

 現代の民の竈を賑わせるために、参議院の決算委員会で質問に立ちました。
 不肖わたしは今、参議院の環境委の委員長ですから、異例の質問です。
 決算委の理事から要請があり、国会対策委員会と議院運営委員会での協議を経て、実現しました。
「青山繁晴チャンネル☆ぼくらの国会」の最新放送として、ここにあります。

 わたしの発信はあまり顧みられず、独立講演会でお逢いする機会もいつ喪われるか、正直なところ、もはや分かりませぬ。東京開催の募集は、明日5月1日の午後には、もう締め切られます。ひょっとして関心のある方は、ぎりぎり、ここをご覧ください。

 保守とされた産経新聞を含めオールドメディアからは居ないことにされることがさらに強化されたようですね。
 これはどうぞご勝手に。
 報道しない、除外する、存在を消す、それらも「報道の自由」だと勘違いしているのは、NHKだけのことではありません。

新刊『憤怒と祈りで建国だ』の執筆に依然、苦闘する夜ですが、静かな夜です。
 いったいどこへ続く夜なのか。

 みなさんには、必ず明るい朝が来ますように、こゝろから願いつつ。





 
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