On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2025-07-29 02:31:12
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
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【修正しました】【追記しました】  手のひら返しも、当然のこととして受け止めています



▼参院選大阪の敗北後も、大阪を訪れて3連泊をしました。
 その最後、7月27日の日曜は大阪のホテルを非常に早い朝に出て、わけあって奈良の東大寺に鎮座なさっている盧舎那仏 ( 大仏 ) にお参りをいたしました。





▼わたしの書いた物語文学『わたしは灰猫 そして、灰猫とわたし』 ( 扶桑社文庫 ) にも、鹿が登場します。
 聖なる鹿にごあいさつしながら、それを思い出しました。

 同じく扶桑社文庫として8月31日にリリース ( 発刊 ) する物語文学の『やさしく夜想の交叉する路』は今、再校ゲラの直しを行っている最中です。
 わずかなスキマ時間だけを使って、単行本の『夜想交叉路』を文庫本にするための作業を続けてきました。
 それもいよいよ最終段階です。
 予約してくださると、正直、最高の励みになります。予約は、例えばここです。
 


▼奈良から大阪へ戻る途中に、ほんとうは淡交の友であった安倍晋三さんが理不尽に命を奪われた現場を訪ねました。
( あれからいくらかの年月を経て、ようやく友を見送る本を書けました。それが『反回想 わたしの接したもうひとりの安倍総理』です。読まれないまま埋もれていますが、大切な書です )

 大和西大寺の駅前ですね。
 ここは、わたしも国政選挙の応援に入るたびに演説を重ねた場所です。つたない演説をすると、いつも左右のビルの前に、沢山の主権者がいらっしゃるのです。

 憲政史上最長の在任であった最高責任者の暗殺現場に、慰霊碑ひとつ建てられないで居るのも、諸国ではおよそ考えられないことです。これもまた、理不尽です。
 大阪へ向かいつつ、奈良選出の自由民主党議員に電話し、いつの日か慰霊碑をちゃんと建てようと誓いあいました。



▼そのあと大阪府連に入って、参院選大阪を総括する「全体会議」に臨みました。
 冒頭に、敗北の責任は一切合切すべて府連会長のわたしにあることを述べ、お詫びし、府連会長を辞することを正式に表明しました。

 そこから非常な長時間の会議となりました。
 負けたために、いわゆる手のひら返しのような非難を浴びました。
 過去の衆院選で幾度となく無償の友情応援をいたした、ある元議員からは中傷に近いものもありました。これには受けて立たざるを得ませんでした。

 しかし、わたしはこれらのことを理不尽とは考えていません。
 世の常です。ふつうのことです。
 大阪府連が新会長のもと、まずは次期衆院選で再生することを、こゝろから祈っています。

 わたしは府連内部からの願いを受けて、府連所属のいち議員として留まることも述べ、「わたしはみなさんを裏切りません」と述べました。反応はほぼ無かったように思います。

 献金を受けない、パーティを開かないなどと同様に、わたしはもともとは地元もつくりません。利益誘導をしないためです。
 しかし府連会長になるに当たって、ルールに従って大阪府連に属しました。 ( 利益誘導をしないことは変わりません )
 それを元の「いかなる都道府県連にも属さない」というおのれなりの原則に戻したいとは考えましたが、上述の「府連所属の国会議員では居てほしい」という切実な言葉に応じて、留まることを表明しました。

 ところが、府連内部からの非公式な連絡によると、それを「青山が影響力を保つためにたくらんでいる」と受け取って動いている若手議員らが居るそうです。
 うーむ。
 若手であっても、ものごとをネガティブに考えがちな府連の傾向に忠実なのでしょうか。
 しかし、伝聞ですから、わかりません。
 また仮にそうであっても、その府連の傾向を変えられなかった、わたしが悪いのです。
 在任がわずか7か月で、しかも石破総理が「 ( 参院選の候補者の ) 公募はやらない」と頑なに仰るなか、府連がわたしの会長就任より前の昨年夏に公募を決めていたことを貫くための努力に忙殺される半年強でありましたが、それでも体質改善に着手しただけに終わった、わたしの責任です。

▼盧舎那仏の大きな手のひらに祈りを捧げているとき、「より寛容であれ」というお声を感じました。
 はい。
 その通りでございます。

▼この辛い大阪から帰京した翌日、国会に出て、護る会 ( 日本の尊厳と国益を護る会 )  の代表として拡大執行部会に臨みました。
 護る会の代表で居るのも、簡単なことではありませぬ。しかし良き同志に支えられています。
 護る会は、参院選後をめぐって8月1日の臨時国会召集日に、重要な総会を開くことを決めました。

 そこから自由民主党本部に向かい、両院議員懇談会の広い会場に入りました。8階のホールです。安倍さんを含めた歴代総理のお顔が額に入って並んでいます。
 いつも通り、まだ議員はほとんど来ていませんでした。

 懇談会が始まると、石破総理の眼を見つつ、諫言をいたし、早期の辞任をはっきりと求めました。
 そこから4時間半、総理も、幹事長ら執行部も、各議員の発言をメモを取りながら熱心に聞かれました。こんなことは、他の国では考えられません。

 発言を希望した全議員の発言が終わるまで、懇談会は続き、そしてどんなに話の長い議員の発言であっても、途中で「簡潔にお願いします」といった遮 ( さえぎ ) りを受けることが一切、ありませんでした。
 だからこそ2時間の予定が4時間半に延びたのでした。

 森山幹事長は、8月末までに辞職なさることを事実上、表明されました。
 石破総理も、冒頭の発言では一切、辞職の示唆はなかったのですが、すべての発言を聴かれたあとには「適切に判断する」と仰いました。
 これは政治的には重大な意味を含む発言です。「適切に判断して・・・留任する」ということは政治的にもはや難しい。そういうことです。

▼わたしは懇談会の冒頭近くで、上記の発言をした際に、「安倍総理の70年談話を上書きするような80年談話を出さないでください」と石破総理に直に求めました。
 これはすでに、参院選前に、護る会が公式に石破総理に申し入れたことでもあります。

 終わって、党本部の外で、大阪の読売テレビから事前に求められていたインタビュー取材を受けていると、数多くのメディアとカメラが党本部から出て集まってきました。
 それが報道されたかどうかは、まったく知りません。
 21時からのNHKのニュースだけはちらりと、仕事をしつつ視ましたが、インタビューを受けていたのは全員、懇談会を中座なさった議員でした。まだ外が明るい時点での中座ですね。
 すべての議論を聴いたわたしたちが外へ出たのは、もう20時前、真っ暗です。

▼わたしは府連会長として、大阪では敗北しました。柳本あきら候補に責任はありません。柳本さんは実際、素晴らしく成長され、よく戦われました。
 府連の全体会議でも「柳本あきらさんを今後も、府連として支えて、次の機会には必ず勝てるようにお願いします」と発言しました。

 大阪府連の会長でありながら、強い、ほんとうに切実な要請を受けて京都、兵庫、青森に応援に入りました。
 京都では沖縄をめぐる問題発言に触れてほしくないという要望がありましたが、いえ、ちゃんと触れますという条件で応援演説をいたしました。
 それを聴かずに、あるいはご存じないまま「なぜ京都に応援に入った」という非難がこのブログに来ています。
 事実は、わたしが問題発言を正面から扱ったあと、候補者はちゃんと、次の遊説会場で発言を謝罪なさいました。

 そして青森では惜敗しましたが、京都、兵庫では、苦戦を逆転して当選となりました。
【修正⇒】逆転当選のおふたりは、議員会館の青山繁晴事務所へお礼にお見えになりました。
 わたしの応援の効果など微々たるものです。逆転当選は、他の効果によるものです。

▼みなさんには、爽やかな朝が来ますように。
 不肖わたしは、この夜が明けると早朝から、電話とメールで政局に対応しつつ、研究者や科学を学ぶ学生諸君と一緒に、日本の大切な海洋資源調査船の視察に向かいます。日帰りです。

 7か月の大阪府連会長は一切、無償でした。そして膨大な負担となった宿泊費、広い大阪府内を効率的に移動するための黒い個人タクシーの借り上げ代 ( 国士の運転手さんです ) をはじめすべて自力 ( 議員会館の青山繁晴事務所 ) で背負い、府連にはただの1円も出してもらいませんでした。
 もしも1円でも出してもらったら「青山府連会長は1億円ぐらい府連のカネを勝手に使ったらしい」と、まさかの人からまさかの口で言われる予感があったからです。

 その予感を裏付けるびっくりの出来事もありました。
 上述の黒い個人タクシーの自力による借り上げについて「会長は黒塗りのハイヤーを勝手に府連の予算からカネを出させて自由に使っている」という非難が突如、府連の公式の会議の場で地方議員、それも能力を信頼している地方議員からなされました。
 それに当然のことながら反論していると、これも信頼している支部長から「そんな喧嘩はよそでやってくれ」と止められました。
 これが感情的な喧嘩でしょうか。反論せねば、この滅茶苦茶な冤罪を、出席者の多くがそのまま信じたでしょうね。今でもそのまま信じている人も居そうです。

 しかし、これも理不尽なこととは考えていません。
 負け続ける組織には理由があります。その理由を克服するのが府連会長の仕事でありましたから、克服しきれなかったわたしの問題です。
 おかしな嘘、根も葉もない噂の流布によって組織が余計な動揺を起こさないように予防するのもまた、府連会長だったわたしの責任でしたから、全コストの自力負担は正しい選択だったと、いまも考えています。
 議員会館の青山繁晴事務所の秘書さんと言うより同志たちも深く分かってくれていました。

 府連のなかにも、こうした陰の努力を理解されている地方議員らは、少数ながらいらっしゃいます。
 それがいつかは、わたしのもはや居ない大阪府連において、新しい芽を育むと考えています。

 もう一度、申します。
 みなさんには、清々 ( すがすが ) しい朝が来ますように。

 いつでもどこでも無償、無条件の発信をやめません。
「青山繁晴チャンネル☆ぼくらの国会」の最新放送を昨夜もアップしています。これです。参院選は、保守改革派を消した。この悲痛苦をありのままに語りました。
 戦う学生インターン、増野優斗くん、早稲田大学政治経済学部政治学科の4年生と連携して放送するショート動画の最新分はこれです。
 関税交渉の合意にある『謎』の正体を短い時間で解いています。
 全体はここです。




 
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