On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2025-08-07 04:02:32
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
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これほど辛いネットテレビの参加は初めてでした



▼これが伝説の編集者、花田紀凱さんの現在の仕事部屋です。
 本邦初公開かな ?
 もちろん、撮影してわたしの個人ブログで公開することを、ご本人に諒解していただいています。
 ここは出版社の飛鳥新社の、ほんらいは倉庫だそうです。
 花田さん、そこにいわば入り込まれて、書斎になさっているのですね。

 わたしは国会議員であると同時に作家です。
 この仕事部屋は、作家と編集者がいずれも本好きでありながら違う立場だということが、何となくいい感じで良く伝わるのです。

「伝説の編集者」というのは誇張ではありません。
 かつて、早稲田大学の大隈講堂で独立講演会をおこなったとき、控え室から出て、大隈重信公の像がある廊下を歩いていたとき、思いがけなく花田さんが、もうひとり若手編集者の沼尻裕兵さんと一緒に立っておられて、ほんとうに吃驚 ( びっくり ) しました。

 その時まで花田さんらに面識はありませんでした。
 わたしに初原稿を依頼されるために、待っておられたのでした。
 まさか、あの花田さんがわざわざと、驚き、光栄にも存じました。

 現在は飛鳥新社の役員で、月刊Hanadaの編集長ですね。お名前が、人気の論壇誌の誌名になっているのですから、そんな編集者はたぶん日本はおろか世界にもあまり居ないと思います。

▼その花田さんは現在、月刊Hanadaチャンネルというネット生テレビのMCのひとりです。
 たまに呼ばれて、わたしも顔を出します。
 きのう8月6日の水曜夜に、そのネットテレビの生放送に参加しました。



▼ゆうべの月刊Hanadaチャンネルには、参院選でまさかの落選となり再起を期している和田政宗・前参議院議員と一緒でした。
 和田さんはさすがに逞しく、闘志満々でした。

 ・・・ただ、わたしは正直、座っているのが辛かったです。
 責任として、お話も致しました。
 しかし、あれから一夜が過ぎつつあってもなお、その辛さが残ったままです。

▼もちろん、和田さんの再起をしっかり応援します。

 そして、きょう8月7日の夜が明けて新しい一日となれば、護る会 ( 日本の尊厳と国益を護る会 )  が拡大執行部会、総会、そして持ち回り総会で決した要請文ふたつ、すなわち石破総理が衆参両院選挙の民意を受けて、あまりに当然至極ながら辞職なさること、その辞めるべき総理が「80年談話」なるものなどはお出しにならないこと、そのふたつを明示した要請文が、総理に届くように行動します。

▼いつでもどこでも無償、無条件の発信をやめません。
「青山繁晴チャンネル☆ぼくらの国会」の最新放送をゆうべ、ここにアップしています。
 その石破総理が政権延命 ?! の秘策として「小泉進次郎幹事長」という恐るべきことを考えておられる気配について三浦麻未・公設政策秘書と共に考えています。

▼国会に居て、主権者のお気持ちを思えば胸を抉 ( えぐ ) られるような日々です。
 そのさなかにも、新しい文庫本の『やさしく夜想の交叉する路』の念校ゲラ ( 念のために出してもらった、最後の仮印刷 ) の推敲を終え、きのう8月6日についに校了しました。
 校了とは、書き手のわたしの手も、支えてくれた扶桑社の編集者の手も離れて、印刷が始まることです。

 すると、辛い夜の日付けが変わるころ、こゝろに落ちるひとしずくの命水のような投稿をいただきました。

~ここからコメントの引用~

2025-08-07 00:53:31に投稿
『わたしは灰猫 そして、灰猫とわたし』読みました。

北海道在住の 【 ※ ここに年齢とお仕事が書いてあります。匿名性を守るため、ここだけ伏せます。あとは原文のままです 】 。
参院選 大阪夏の陣、本当にご苦労様でした。その後も、石破首相への対応など、気の休まらない日が続いていると思いますが、ひと時の気休めにどうかと思い、遅れましたが、『わたしは灰猫 そして、灰猫とわたし』の感想を投稿したいと思います ( 昨年11月に『わたしは灰猫』の感想を投稿し、文庫本『わたしは灰猫 そして、灰猫とわたし』の方もいつか投稿するとお約束しましたので ) 。

今回、続編『そして、灰猫とわたし』を読む前に、やはり本編を最初から再読すべきだろうと思い、実際読んで、まずはその感想から、と思ったのですが、続けて読んだ続編の印象が強烈すぎて、一言で言うと「ヤラレマシタ」(笑)。

読み終わってしばらく茫然としてしまいました。
本編よりはずっと短いお話なのに、表現が凝縮されていて、充実しているために、ずっと長いお話を読んでいるようでした。
ストーリーの意外さにも引き込まれましたし ( 全然不自然な感じはしませんでした ) 、日本語の「切れ」も、本編『わたしは灰猫』よりさらに増しているような気がしました。
印象的な箇所はたくさんありましたが、一つ引用すると、「調査官は『あなた、まるでわたしたちを脅かすかのような話をするつもり ? 』という眼に変わっている。ターコイズブルー、緑がかった明るい青の両目が綺麗だ。」という一節で、この眼の表現だけで、この調査官がいうまでもなく外国人であり、更にその人柄や、どんな人生を送ってきたのかすらを、一瞬で、想像させるような一文だと思いました。

私は、小説や、映画もそうですが、ストーリーに頼ったような作品はあまり好きではありません。ストーリーがわかってしまうともうあまり読む気が ( 見る気が ) しなくなってしまいます。
文一つ一つが「美」とか、「衝撃」とかを持っていて、部分だけを取り出しても感動をもたらすような、そういうものが集まって、一つの「美の集合体」を作り出しているようなもの、そういうものに魅せられます。
私の好きなクラシック音楽がそういう性質の芸術なので、それを、文学や映画などにも求めてしまうためだと思います。
映画で言うと、キャロル・リードとロバート・クラスカーのコンビで作った作品で、有名な『第三の男』がありますが、これはもうあまり見る気がしないです。それよりも、同じコンビの作品である『邪魔者は殺せ ( Odd Man Out ) 』の方がずっとすごいと思い、何度も繰り返してみております。
また、青山さんも一度動画の中で触れられていた『ドクトル・ジバゴ』は、私も大好きな作品で、これこそ、上記の特質を持った、映画史上空前の傑作だと、個人的には思っています。

今回『わたしは灰猫 そして、灰猫とわたし』と続けて読んでみましたが、青山さんの作品も、まさしく、そういう芸術だ、と強く思いました。あとがき「すべてを終えて」に青山さんが書かれていますが、これを、切れ切れの時間の中で、書かれたというのは、本当に信じ難いです・・・
『やさしく夜想の交叉する路』、楽しみにしております。

~引用終わり~

 愉しみにしてくれているかた、さらに実際に手に取って読んでくださるかたは、まさしく夜明けの迫る空のわずかな星のように、例外的で珍しい存在であるみなさんだと思います。

 この本も苦闘が続いた果てに、編集者の予定したとおり、8月31日に世に出ます。
 すると「ジミントウのセイジカの書いた小説なんて読まない」という壁にまた阻まれるという別の辛さを、今度は味わうことになるでしょう。
 それが『やさしく夜想の交叉する路』という新しい文庫本です。
 それが、わたしのささやかな人生です。

 そういえば、この文庫本、巻尾の解説を花田さんが書いてくださっているのです。
 伝説の編集者に解説をいただくのは、こゝろからうれしく、ありがたく思っています。






 
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