On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2025-08-17 19:35:58
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
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【すこし推敲しました】  信じがたいトラブルに遭い、公務を邪魔され、時間を空費し、心身の体力を空費し、それでも結果を出します



※ブログの時刻表示は日本時間のままです。
 今は、アメリカ合州国のど真ん中の高地、デンバーにいます。時差は強烈です。15時間あります。このエントリーを書き始めたのは、日本と同じ日の8月17日日曜の夜明け前、午前4時35分です。

▼外交官が呆れて嘆息する超・強行軍にて、諸国を次々に回り、専門用語ではPP ( Physical Protection /核物質防護)、そしてエネルギー・インフラストラクチャへのテロ攻撃、軍事攻撃に対する抑止、防護、即応、被害の最小化についてその国々の現場を調査し、政府機関、軍・治安当局らと議論し、成果はすべて日本政府に無償で提供する。
 この自主出張を続けています。
 民間専門家の時代から28年ほど毎年、続けていて、この成果が客観的に申して、日本のエネルギー・インフラの護りをゼロから造りあげてきました。

 テロ対策は秘中の秘ですから、その成果も、どれほど日本のエネルギー・インフラの防護が進化して国民の安全に寄与しているかも、その中身は一切、明らかにできません。
「政治は結果だから」と永遠の流行語のように、よく言われます。その「結果」を広く知らしめるわけにいかない重要な貢献も、社会にはあるのです。
 民間専門家、そして国会議員を通じてずっと自主的におこなっているこの貢献は、日本政府内ですら、一部の歴代担当官にしか知られていません。
 どれほど結果を出していても、何も評価されず、社会にその結果だけ残して報われずに死んでいく。このような生き方もあるのです。

▼今回は、海外をめまぐるしく動きながら、電話とメールを駆使して、国内の政局にも積極関与しています。
「今回は」と書きましたが、実はこれもいつものことです。
 現在の国内政局は、衆参両院の選挙で示された民意に内閣総理大臣が従わないという未曾有の異変のさなかですから、ふだんの海外出張よりも国内政局への関与が烈しく、厳しく、なっています。
 ただし、これも水面下の動きが中心です。

▼この海外出張の原点は、不肖わたしが経済記者の時代に、日本の原子力発電所を含むエネルギー・インフラの護りの弱さを知ったときです。
 ですから、40年ほどまえから考え始めたのです。
 記者から三菱総合研究所の研究員に転身してすぐ、エネルギー・インフラの防護の実務に取り組みはじめ、この海外出張も開始しました。
 そして独立総合研究所(独研)を創建し、代表取締役社長・兼・首席研究員となってさらに深化し、独研をみずから去って国会議員となってもなお、さらに専門性を高めて続いています。

 諸国の担当官らによると、国民の安全を護り、かつ「エネルギー」という社会の根幹を護るその狙い、中身の深さ、実務性の高さ、そして継続性の長さ、いずれを見ても世界で唯一の海外出張だということです。
 議論はすべて国際共通語(英語)で直におこない、通訳は挟みません。

▼8月8日の両院議員総会で「臨時総裁選」の実現に道筋をつけ、その翌日に府連会長として最後に大阪入りして、どういう私欲が自由民主党大阪府連のダメージになっているかをあらためて実感し、その翌日に日本を発ちました。
 酷暑のなかの参院選、その大敗、大阪府連会長の辞任という疲れをそのまま荷物の中に閉じ込めて、淡々と、しかし費用の捻出に苦しみながら、出発したのでした。
 まずフランクフルトを経由して、長駆、中東のアブダビに入り、アブダビからチューリヒを経由してウィーンに入り、ウィーンから再びフランクフルトを経由してヘルシンキに入りました。
 ヘルシンキから、車で往復7時間をかけて、オルキルオト原発に入り、世界初の核廃棄物・最終処分場を調査しました。ここまで、主権者のみなさんへ向けて、この個人ブログでも公開できるぎりぎりのところをお伝えしてきました。

▼上の写真は、その翌日、日本時間8月15日に、フィンランドの「放射線・原子力安全センター」(STUK)を訪ねたところです。
 誠実な所長と、中身は非常にシビアな議論を、しかし笑顔を交えておこなっています。
 初対面の人とも、いつもこうして打ち解けて話しあうのが、わたしなりの方法論です。



▼欧州の政府高官の所へ行くと、必ず、こうやってお菓子が置いてあります。
 しかし議論が白熱して、誰も手を出しませんでした。

 連携して同行している、ヘイワース美奈・独立総合研究所研究員ぐらいは食べれば良いのにと思いましたが、彼女もしっかり集中しています。



▼そのあと在フィンランド大使公邸で、森と湖の国の雰囲気を、わずかな時間ながら感じました。
 フィンランドの生んだ国民的作曲家、シベリウスをわたしは敬愛しています。
 シベリウスは森のなかの湖のほとりといったフィンランドらしい自然を愛し、そこでロシアに抵抗するフィンランド人の国民意識をつくる曲を作曲していきました。

 前から、それがすこし羨ましくて、ぼくもそんな環境で小説を書くだけになりたいな、と思いつつ、それをせずに国会議員まで務めるのがおのれの選択だと考えてきました。
 そのことを、この北欧らしい短い夏の木漏れ日に、あらためて内心ではふと思っていました。



▼在フィンランドの岡田隆特命全権大使の戦略論や地政学の込められたフィンランド論は、北欧の歴史に昔から関心の強いわたしにも、とても印象深いものでした。

 日本の在外公館には、基本、こうやって大きな菊の御紋が飾られています。
 これが国内でもふつうになるべきだと、わたしは民間専門家の時代から考えています。日本人とは誰なのかを、もっとも雄弁に語っているのが、この御紋だからです。



▼そのあと、ヘルシンキの市中に張り巡らされた核シェルターの調査に取り組みました。これが入り口です。



▼この黄色い線は、簡易トイレを設置する目安です。
 全体に、とても実用性が高いシェルターです。
 わたしは民間専門家の時からずっと「北朝鮮や中国、ロシアの通常弾頭ミサイル、そして核ミサイルに耐えられるシェルターをつくらない限り、日本は国民を本気で護っているとは言えない」と主張し、主張するだけではなく政府に具体的に働きかけてきました。
 この頃、すこしその機運が、たとえば自由民主党に出てきましたが、政局の大波で停滞しないように、ここでも見えざる努力をせねばなりません。



▼案内してくださった、誇り高い担当官とたがいに敬意を込めて握手です。
 このあと、わたしが「しんちゃん」と呼んでいる極めて優秀な在フィンランド大使館専門調査員の案内で、北欧らしい独創的な大図書館を見ました。
 あんな図書館なら、森と湖のほとりでなくても、一日中、原稿を書いたり書籍を渉猟したりできます。しかし、ちょっと疲れて、みなさんのために写真を撮るのを忘れていました。ごめんなさい。

▼その翌日、ヘルシンキからミュンヘン経由でアメリカ合州国のデンバーへ向かいました。
 日本国外務省のある領事館から「ミュンヘンで乗り継ぐ時間が短めで不安がある。特別料金を払って、貴賓室を確保して、そこから乗り継ぎ機に搭乗してほしい」という強い要望が何度も重ねて、ありました。
 その特別料金というのが、凄まじく高いのです。

 政務三役であれば、これもすべて公金、すなわち国民の負担となりますが、わたしたちは違います。
 こんな大金を払えません、そう言おうと何度も考えましたが、プロの外交官から「乗り継ぎ機に間に合わないかもしれません。貴賓室なら荷物も安全に、確実に積み込んでくれます」と言われましたから、これを呑みました。

 そしてミュンヘンから欧州大陸を越え、大西洋の大海原を越え、さらに広大な北米大陸の半分を超えて、デンバーへ飛びました。
 あまり快適とも言えない、10時間を超える機中では、おのれを励まして、眠気と疲労とも戦って、会員制レポートの東京コンフィデンシャル・レポート(TCR) の最新号をずっと書きました。

 これまでも、この出張中のスキマ時間に休まず、月刊Hanadaのために2本の原稿 ( 連載コラムと、花田編集長から突如として頼まれた長尺原稿 ) を書き上げ、いずれもゲラ直しも完璧に行い、編集者から「奇跡です。他の人には決してできません」というメールをいただきました。

 さらに「青山繁晴チャンネル☆ぼくらの国会」のために、スマホで新しい動画も撮影しました。
 いつでもどこでも無償、無条件の発信をやめません。
 ひどく疲れた顔をしていると思いますが、8月18日の月曜にアップされます。

▼機内でほぼ、東京コンフィデンシャル・レポート(TCR) を書き上げて、さぁ、デンバー空港にやっと着いて、荷物が出てくるのを待ちます。
 ところが待てども待てども、出てこない。
 なんと行方不明です。

 ロストバゲッジは、海外に頻繁に出る人なら、経験された人も少なくないでしょう。
 残念ながら、当たり前に起こると言ってもいいです。わたしも過去にありました。
 しかし今回は、外務省のある領事館の強い推しで、気持ちが沈むくらいの大金を払って、これです。

 さらに、わたしと連携して同行しているヘイワース美奈・独立総合研究所研究員は、はっきり申して日本国外交官の平均より役に立つ人ですから、外交官任せにしないで、ちゃんと自分で、この貴賓室のドイツ人担当者に二度にわたり確認し、わたしたちの荷物を「機に載せたよ」という回答を得ているのです。
 わたしたちは、やるべきをやりました。
 では、外交特権もあるプロの外交官は、自分たちが提案したことに責任を持って、どんな地道な努力をどのようになさったのでしょうか。
 それがあってもなお、この結果になるだろうとは、わたしは海外での長い経験からして、思いません。

 日本の外交官は、日本の国会議員の観光旅行や夏休み旅行に慣れていて、「まぁ、こんな対応でいいでしょう」という感覚を持つ人も居るのかもしれません。
 それはむしろ、国会議員の側に責任があると考えます。

 また日本の国会議員から就任する政務三役は、大臣や副大臣だけではなく、天皇陛下の認証官ではない政務官に至るまで、何もかもすべてウルトラ級の特別扱いで外交官が徹底的にこまごまと世話を焼くことに慣れ切っているから、その疲れがこうしたときに外交官によってはやむを得ず出るのかも知れませんね。

 しかし、この出張は、日本国の安全保障とエネルギー・インフラの危機管理に欠かせない、決定的に重要な自主出張なのです。

 いったい何をしてくれるのかというのが、あくまで内心の、わたしだけではなく、ヘイワース美奈研究員の気持ちではないかと思います。
 そのために、もう涼しくなっている高地のデンバーですが、食べ物も飲み物も、ふたりともほとんど受け付けませんでした。
 そして、夜が明けて、デンバーに朝が来ようとしていても、まだ解決には至っていません。
 ヘイワース美奈研究員は気の毒に、ほぼ徹夜で対応していました。
 ある領事館のこの体たらくは、誠実に努力をする日本の他の外交官にも、たいへんに失礼だと思います。
 
 ミュンヘンからデンバーへのあの長いフライトの機中で、懸命に東京コンフィデンシャル・レポート(TCR) を書いていたとき、荷物室にまさか、ぼくらの荷物が載っていなかったとは、想像しませんでした・・・が、悪い予感は少ししていましたね。

 こゝろの支えは、文庫の最新刊の『やさしく夜想の交叉する路』を、例えばここで予約してくれる人が、ほんの少しは増えていることです。



▼デンバーはすっかり朝になってしまいました。8月17日の日曜午前7時20分です。日本は同じ日曜の夜10時20分ですね。
 みなさんにはこのあと良き睡眠がありますように。

 写真は、国際会議場です。
 実はデンバーは、交通の便と気候が良いので、国際学会もよく開かれて、わたしを含む研究者には馴染みのある街なのです。
 青い熊が寄りかかっているという、アメリカらしいジョークも今朝は笑えないし、彼方のロッキー山脈もなんだか別世界、というのが今朝の偽らない心境です。
 こうしたときに備えて、手持ちの荷物で確保しているものもあります。
 しかし11日間の強行軍海外出張で、すべて手持ちにするのはもちろん不可能です。
 たいへんな困難に、わたしも、ヘイワース美奈・独立総合研究所研究員も直面しています。ほんとうに困っています、今。

 わたしは結局、仮眠も取らないです。
 東京コンフィデンシャル・レポート(TCR)に精緻な仕上げをおこなって、日本に送ります。
 そうすれば日本のお盆明けの月曜朝には、完成度の高いレポートが全会員に配信されて、会員の志にいくぶんかは応えられるからです。
「自分は党員になっているだけで、会員制レポートも独立講演会も参加していないから、悲しい。格差を感じる」という趣旨の書き込みを、若い人かな、いただいてますが、とんでもないです。
 党費の4千円はたいへんな負担です。
 それにね、なんのために、この海外出張中も「青山繁晴チャンネル☆ぼくらの国会」の動画を撮っていると思われますか?
 みなさんには無条件、無償、わたしにとっては広告収入を受け取らない、そういう発信も大切だからです。
 だから、あなたも、いや、あなたこそ、大切な同志です。
 わたしの命尽きるまでは、一緒に歩きましょう。

 人生の荷物に、ロストバゲッジは無いしね。わはは。











 
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