2026-08-28 00:59:50
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
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【重大な訂正をしました】 【追記しました】 中国とロシアに挟まれた地政学上の要衝、モンゴル国に、日本の存在を刻む
▼地球の砂漠化と干魃、異常気象に立ち向かうための国際会議@ウランバートル ( COP17 ) では、このエントリーで紹介した全体会議に加えて、「ハイレベル対話」、すなわち閣僚級だけが議論する場がありました。
日本はこれまで、環境省の審議官級だけが参加してきたので、この「ハイレベル対話」で発言できませんでした。
今回は、副大臣のわたしが参加したので、発言をおこないました。
会場には、同時通訳も用意されていましたが、英語で直に語りかけました。
▼発言のあと、隣席のブータン代表が「とても中身のある、本質的に重要な発言でした」と言ってくれました。
すこし光栄に思いました。
▼環境省の同行者によると、わたしの発言を引用する他国の代表も居たそうで、日本の存在感の発揮にいくらかは貢献できたかも知れません。
▼こちらの方は、先に紹介した全体会議での発言ですね。
▼全体会議はこういう感じです。
この国際会議は、環境省の説明によると、国連加盟国の193か国を上回る参加があったそうで、まさしく国連総会の場よりも大きな感じです。
会場が広大なので、前面にプロジェクターが設置され、発言者が映ります。
このときは、日本政府代表のわたしですね。
▼会議の合間には、いつも通り、バイ会談 ( 一対一の会談 ) をおこないます。
これは、この国際会議の主宰者であるモンゴル政府サンダグオチル環境大臣との会談です。
▼大草原のなかに設営された巨大な会場です。
完璧な補佐役を務めてくれた環境省の優秀なキャリア行政官 ( 官僚 ) 、治健太 ( はる・けんた ) 副大臣秘書官です。
彼はこれまで国際経験が少なかったのですが、国際担当の副大臣であるわたしの秘書官になってから、トロント、ベルリン、ブラッセル、そしてウランバートルと、すべて弾丸出張ながら国際経験を積んできました。
そして、治秘書官にとって、いちばん好きで肌に合うのは、このモンゴル国だそうです。
▼会場はこの長くて大きな建物だけではなく、ここから入っていくと、さらに大きな会場がいくつも並んでいて、それぞれがかなり遠く、ついでにトイレも遠く、歩きに歩いた感もあって、かえって良かったです。
長時間、座りっぱなしになりがちな国際会議には珍しく、運動できますから。
▼モンゴル国の閣僚のなかで、エネルギー大臣のナイダラーさんは、5月に東京のモンゴル大使館ですでに会談しています。
今回、再会して、信頼関係を深めました。
ナイダラー大臣はこう、何度も仰いました。
「私は、日本を含め世界の政治家、大臣たちと数多く会ってきました。しかし青山さん、あなたのような人は初めてです。なんとも言えない迫力と、深い親しみと、それから日本の武士道精神を感じます」
ナイダラーさんは、神戸大学の大学院に留学なさっていたので、日本の武士道をご存じです。
そしてチンギスハン由来の誇りに満ちています。
ナイダラーさんの左は、そのチンギスハンの軍勢が実際に使っていた、13世紀の鎖帷子 ( くさりかたびら ) と胸当てと鉄兜です。
鎖帷子は、日本の武士のそれとそっくりですね。拡げるように着用して、躰に密着させます。
そして、とても重いです。これを着こなすには、鍛錬が必要不可欠です。
▼大草原のなかに建つ、迎賓用のゲルに、ナイダラー大臣が招いてくださったのです。
大いに、たがいに心ゆくまで語りあいました。
日本モンゴル双方の同行者も、みな、心を開くのを感じました。
▼辞去するとき、モンゴルの月が、チンギスハンの時代ときっと変わりなく輝いていました。
ただ、足元の大草原には、砂漠化が迫り、モンゴル国の生命線と言うべき馬、羊、牛の命を繋ぐ牧草が減少しているのです。
日本をはじめ国際社会は、その克服のためにモンゴルと連携を強めねばなりません。
▼モンゴルとの複数の意見交換、議論を通じて、モンゴル国が中国とロシアの狭間にあって、その独立を保つためにどれほど苦労を重ねているか、そして日本にいかに期待しているかを痛感しました。
ある高官はわたしにこう仰いました。
「モンゴルの東方を見れば ( 民主主義の ) 隣国は韓国になる。しかしわたしたちは韓国を隣国と思うより、日本国を隣国と思う気持ちがとても、とても強いのです」
▼そのナイダラー大臣との会談は、先にこのエントリーで紹介しましたね。
国際会議の開催の前に、エネルギー省に大臣をお訪ねしました。
会談の全体像はこうです。
わたしの隣の隣に、井川原賢・駐モンゴル特命全権大使がいらっしゃいます。戦略思考に富む、中国通の
外交官です。
▼モンゴルは、昔も今もチンギスハンの国だと、現地では実感します。
日本に侵攻しようとして失敗したフビライハンの名はほとんど聞きません。
▼モンゴルも、非常にきびしい日程の弾丸出張でした。
しかし、本物の弾丸は飛び去り、誰かを傷つけるのですが、弾丸出張は工夫によっては、いつまでも続く信頼関係を創ることができます。
きのう8月27日木曜の朝5時にホテルから出発し、早朝便で日本へ向かいました。極端に早いフライトになったのは、便数が少ないこともあるのだろうとは思いますが、「帰国してからもすぐ仕事ができるように、です」とある環境省職員が仰いました。
弾丸中の弾丸ですね。わはは。
砂漠のなかのこの空港からモンゴル航空機で飛び立ったのです。
印象深い出立でした。
▼さて、
衆院兵庫8区(尼崎市)の代議士となって、これまでセミナーへの参加者を企業や団体に依存してきたことを改革し、主権者のみなさんおひとりおひとりの自律した意思によって参加していただこうと、正直、苦闘しています。
もしもできましたら、ここから参加してくださるよう、心の奥から願い、祈っています。
( 独立講演会@東京ビッグサイトの募集は、わたしが帰国する直前に締め切られました。
たくさんの参加に深く感謝します。
10月も開催します。今度は10月10日の神戸です。情報はここにあります。
さぁ、どこまで続けられるか。その試金石が続きます )













