2026-09-02 23:51:26
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
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街も、人間も、こんなに変われる 愉しくて、共感する書き込みをいただきました

▼国会議員として初めての「地元」、衆院兵庫8区 ( 尼崎市 ) にぼくが入るのは、商店街を歩いて主権者のみなさんと触れあったり、お祭りに参加するだけではありませぬ。
具体的な街づくりをはじめ、尼崎をさらによくすることを巡って、地元の当局者と議論することが、とても大切です。
こうしたことも「尼崎モデルで日本を良くする」という目標の実現に一歩づつ近づくことだと考えています。
写真は、地元担当のうっちーこと宇都宮祥一郎・公設第一秘書が、知らないうちに撮ってくれました。
尼崎市民の長年の願いだった阪急電車の新駅の建設について、わたしの尼崎事務所で、地元の行政当局者と協議し議論しています。
それから文科省出身の松本眞市長とは、地元でも東京でも良き議論を重ねています。
▼そうしたなか、女性からこんな愉しい、そして現在のぼくのささやかな努力と共鳴する書き込みをいただきました。
投稿者名は伏せて、また地名や具体的な親族関係などは伏せて、あとは原文のまま紹介します。
~以下、引用。原文のまま~
「尼崎のイメージが変わりました」
青山議員、今晩は。いつも国民のために身を粉にして働いてくださってありがとうございます。
尼崎についてブログや動画で見ましたがこんなにクリーンで住人が生き生きしていて活気がある町とは思っていなかったのでちょっと驚きました。
昔、○○ ( ある身近なご親族 ) が独身時代、尼崎にいたことがあってその当時の話を聞くと「道を歩いていると突然因縁つけられた、ヤクザ同士の喧嘩があって警察がたくさん来ていた、酔っ払いが騒いでいた、危険なところなので女性の一人暮らしなんて考えられない場所だ」と言ってました。
更にダウンタウン ( お笑い芸人 ) の話では車がひっくり返って炎上しているところ、大阪にいる○○ ( 別の女性のご親族 ) の話では若い頃、道を歩いていたら突然男性に「金くれへん ? 」と言われて断ると細い路地から男性がたくさん出てきて怖くなって足がもつれながら走って逃げたことも聞きました。気が付いたらサンダルが片方脱げてたそうです。
これは○○ ( 地名 ) から大阪に行く際には尼崎に途中下車してはいけない、バイオハザードのようなところで危険だと45年くらい思ってました。
まぁ45年も経つと町も変わりますよね。体が健康になったらいつか行ってみたいです。
~引用終わり~
▼ぜひ、今の尼崎にお出でください。
ぼくも少年時代に両親から、尼崎はあまり柄が良くないと聞いて育ちました。
しかし、こんな具体的に、生き生きと聞いたことはないので、すこしびっくりしながら拝読しました。きっと事実なのでしょうね。
いまの尼崎にこんな現実は皆無です。
ぼくが最初に尼崎の変化を感じたのは、今から10年以上前の参院選です。
参議院の全国比例の候補として、尼崎でも遊説したのが、JR尼崎駅前でした。
とても綺麗に再開発されていて、自由民主党兵庫県連のひとから「この頃、尼崎はすっかり良くなって、しかも昔のイメージのおかげで賃料が安くて、若い夫婦がどんどん流入してきているんです」と聞いて、感心したのを覚えています。
ただし、そのあと阪神尼崎駅前でも演説していたら、駅前の噴水 ( 水景 ? ) に男性が転落して、即、当たり前のことですが演説をやめて靴のまま水に入っていき助けたあと、『ちょっと尼崎らしいかも。過渡期なんだろうな』とも思いました。
この光景がネットで思いがけず反響があって、今も動画を見る人が居るらしいとは、ごく最近に知りました。
▼その時からは10年、街はまだどんどん変わるでしょう。
ぼくの地元になっているから言うのでは無く、素晴らしい歩みだと客観的に、公平に、思います。
一例としては、尼崎市には暴力団事務所がありません。一掃されています。
地元警察の努力、あるいは地元のボランティア団体などの努力、市役所の努力、さまざまな連帯と献身の結果だと思います。
ぼくは共同通信京都支局で、事件記者や府政・市政担当記者、宗教担当記者だったとき、暴力団事務所の真横のマンションに住んでいました。幼い子供を含めた一家4人の家族と一緒です。
京都市の南部でした。
京都支局への異動が決まって、住宅の下見に訪れたとき、事件が大好きだった支局デスクに「おまえは事件に強い記者だそうだから、このあたりに住んでくれ」と言われて住んだのです。
隣に会計事務所のあるマンションの一室を、賃貸で契約して入居し、その翌朝に窓を開けて下を見たら、背中と肩に入れ墨をした組員が、タライで洗濯をしていました。
引っ越しまでのあいだに、会計事務所が破綻して、暴力団事務所に乗っ取られたのです。
まずこの組事務所で2人が射殺され、それから青山千春が子供と行った喫茶店で別の暴力団組員が3人、射殺されました。計5人です。
京都府警の刑事からは「あんた、組の連中から顔を覚えられてるから注意しいや」とアドバイスされました。
だから組事務所の意味は、表も裏も、良く分かっています。
もちろん、時代もあります。
しかし尼崎のみなさんの努力は実際、たいへんなものだったでしょう。
そして、事柄は違いますが、風俗店も無いのです。
現在の尼崎の明るさは、みんなの努力によって築かれたものです。
ぼくは、総選挙での勝利を通じて、いわばその街に招いていただいたので、さらに力を尽くし、そしてそれが日本全体を良くすることに繋がるよう、国会議員として実践していきます。
▼尼崎の地元議員と連携するとは、こうしたことも土台になっています。
その連携の場のひとつが、兵庫県連のセミナーです。
それが開かれる9月5日土曜には、午後2時までに神戸ポートピアホテルの「大輪田の間」にお出でくださいませんか。
もしも来てくださったら「青山繁晴事務所を通じて参加します」と仰ってください。こゝろから待っています。
▼このセミナーは有償です。
だからこそ、無償、無条件の発信も絶やしません。
「青山繁晴チャンネル☆ぼくらの国会」は今夜も、これをアップしました。
トランプ大統領が登場するまでは、想像もされなかったこと、不利な選挙を無きものにしようとする試みです。
これが民主主義国家アメリカの裸の現実です。
ショート動画の最新は、そのトランプ大統領がCIA長官をなんとモスクワに派遣したことをめぐる、これです。
★そして、わたしたちの連帯の根っこは、ここからです。
世界が崩れれば崩れるほど、日本人のわたしたちは自由民主党という厄介な巨象を中から一緒に、共に、変えるほかに道はありませぬ。












