On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2010-01-05 11:33:07

ぼくらの祖国  その1


(※年明け早々、すこしサービスが過ぎて、制限文字数を超えてしまいました。この書き込みは2回に分かれます。画面通り、上から下へ読んでいってください)



▼みなさん、明けましておめでとうございます。

 新しい年が来たということは、生きとし生きるものにとって命の限られた時間が一年分、過ぎていったということです。
 早く大人になりたいと思う若いひとには、一年が早く過ぎてよかったと思うひともいるだろうけど、年齢の気になるひとには、あぁ、めでたいどころじゃないな、また一年が過ぎてしまったと思うひとも沢山いるでしょう。
 しかしそれでも、ぼくは、みなさんのすべてに、明けましておめでとうございますと申したい。

 なぜなら、生きとし生きるものは、年齢とまったく関係なく、いつ何時、命が失われても不思議じゃない。若くて、やりたいことが一杯あって、元気そのもののひとが一瞬にして、かき消えるのが、ほんとうのこの世界ですから。
 仕事柄いくつかの戦地を歩いた体験からしても、その思いが胸の奥にいつも、どこでも、ありますから、とにもかくにも一年を生き抜くことができて、その結果として新しい年を迎えたのは、どなたにも、ほんとうにお祝いを申したいことだなぁと、考えるのです。


▼さて、そのうえで、ぼくにとっては心のうちが、かつてないほど辛い年末年始でありました。

 昨年、民主主義によって政権交代を実現しながら、わたしたちの祖国は、一体どんな政治になっているでしょうか。

 自由民主党が、創価学会の力なども借りながら、半世紀を超えて実質的な一党支配を続け、その垢が、たとえば既得権益というかたちで溜まりに溜まり、それを超克する道の第一歩としての政権交代であるはずです。

 ところが現職総理の脱税という世界にも例を見ない犯罪あるいは犯罪の疑いが露見しながら、その脱税総理が「国民の圧倒的多数が辞めなさいと言わない以上はこのままでいい」という趣旨を平然と記者会見で述べて職に留まり、世界に恥を晒し、その総理を公然と顎で使う与党幹事長は、沖縄を含む日本の島々や海を実質的に手中にする動きを着々と進める独裁国家の国家主席に、およそ140人の与党議員を拝謁させ、寸秒の握手をありがたく押し頂く姿を世界に晒すという朝貢外交をなし、その帰途には、「在日外国人に地方参政権をプレゼントする」とすでに約束している韓国大統領を訪ねて、その会談内容を国民に一切、明かさないという二元外交、独断外交をなしている。

 その幹事長はまた、あろうことか、その立法府の与党議員たちに「法律は作るな。選挙区を回ってろ」と立法府の機能を壊す指示を公然となし、議員たちはそれも唯々諾々として聞き、特にお気に入りの女性議員だけが特例として立法を許される。
 そして幹事長は、自民党全盛期の派閥ボスそっくりに自邸で新年会なるものを催して、副総理をはじめとする閣僚も、国会議員も、テレビ局の現職記者と報道番組プロデューサーをはじめとするジャーナリストも、大集合し、正座して幹事長のお話を拝聴し、一斉に大拍手を送り、お酌をさせていただき、立法を禁じられた議員が反論を述べるでもなく、国民に発信するジャーナリストが疑問を直にぶつけるでもなく、赤い顔で、屋敷を出てくる。
 その幹事長も、現職総理と同じく、カネをめぐる深刻な疑惑に包まれている。

 昨年夏の総選挙で、日本が良くなることを願って民主党に投票した有権者が望んだ「新しい政治」が、これなのでしょうか。

 ここはぼくの個人ブログです。テレビやラジオの番組、ネットTVやネットラジオという公に発信する場でもなければ、客観的な機密情報が身上の会員制レポートでもありませんから、個人的なことをすこし申しますと、ぼく自身は、昨夏の総選挙で民主党には投票しませんでした。
 それを知っている身近な友だちで、やはり民主党に投票しなかった男がぼくに、電話で「ざまぁ見ろ、っていう気分だよ」と言いました。
 ぼくは思わず黙り込んでしまった。そんなことを言う気分には、とてもなれない。

 自民党支配の半世紀の政治がいかに汚かったか。
 既得権益という四文字に隠されている汚濁は、どれほどに深いか。どれほどにアンフェアか。
 それは政治記者として現場をみてきたけれど、日本では初めてとなる独立系のシンクタンクを創立して、もっと生の現場に踏み込んでからは、みているどころか、その自民党政治が作り上げた既得権益の側から、不当に、強欲に、理不尽に、こっそり潰してしまおうという凄まじい圧力を受け、たった今も受け続けているから、これまでの自民党政治にノーを突きつけた有権者の気持ちが、よおく分かる。ざまあみろ、なんて、とんでもない。

 新政権は、有権者のまっとうな願いをどうしてこんなに踏みにじるのか。
 それが胸に食い込む。
 怒りとも悲しみともつかない、何とも言えないつらさが、胸を噛む。

 ネットTVの試験版第1回で述べた「政権交代は断固、支持します」という考えは、今もまったく変わりません。
 たとえば政権交代を機に、自由民主党はみずからを深く省みて、生まれ変わらねばならない。既得権益と腐敗だけの問題だけじゃない。半世紀以上も政権を握りながら、憲法の改正ひとつ、実現できなかった。
 第二次世界大戦で敗れた国は、もとより日本だけではなく、ドイツをはじめ西欧にも東欧にも北欧にも存在するが、国軍ないし国民軍の存在を許されない国は、日本だけであり、敗戦後の日本には国家警察すら存在しません。(皇宮警察は国家警察だ、と反論した警察幹部もいますが、そんな話ではありません。統一された指揮系統のもと、国民を直接に実力で護る、国家の警察部隊のことを指しています。日本には自治体警察の部隊しかないのです)

 それは、北朝鮮が最小限の武力で日本国民の誘拐・拉致をやすやすと行い、中国が海軍力で尖閣諸島や沖ノ鳥島のあたりを平然と侵し、脅(おびや)かすことのできる重大な、決定的な背景となっています。
 この事実が象徴するような敗戦後の秩序を、作り、延々と維持してきたのは、まさしく自由民主党です。
 これで保守党を名乗れるのでしょうか。

 これまで、おおむねはうまく行ってきたから、これでいいや、というのが古い自民党政治の実像であり、その根深い甘えと思い込みは、政権交代を経なければ、変わるはずがない。

 民主党を中心とした新政権が、総理も与党幹事長もカネにまみれ、奇怪な独裁型の政治や外交を行うから、自民党も、それを批判する「野党らしい野党」でいれば良いと勘違いしています。

 ほんとうは、おのれの祖国を愛するという万国に共通する普遍の土台に立ち直し、そのうえで政党はまず理念と哲学を掲げ、それを具体化するための政策を競うという、まっとうな民主主義を造るための政権交代でなければなりません。
 民主党も自民党も、現状では、それにあまりに遠い。
 あまりに情けない。
 なぜ、こうも歪み、こうも理念を欠き、こうも安直なのか。

 ぼくはふだん、特にテレビやラジオの番組では、視聴者・国民がみずから新しい希望を持ち、それぞれの日常の立場で行動なさるために問題提起することを、ほんらいの目的と考えています。
 だから、こうした内心の怒りと悲しみは、ぼくなりに懸命に抑えています。
 視ているひとにとっては、そうはみえないかもしれませんね。カメラの向こうに間違いなくいる視聴者に、ほんとうは間近に近寄って、眼を覗き込んで、肩を抱いて、つたないなりに話しかけたい気持ちで話しているから、感情がこもっているようにも、みえるかもしれない。
 だけど、もしもぼくが心の内をすべて露わにしながら話していれば、それはもはや番組じゃない。
 だから実は抑えています。それに、気持ちをすべて剥き出しになどしていれば、説明すべきを説明する時間が必ず、なくなります。

 番組というものは、常に時間との戦いです。テレビ番組としてはまことに異例の長時間、30分を超える時間を用意してくれた、今はなき番組「ぶったま!」(関西テレビ)でも、やっぱり時間との戦いでした。
 ネットTVでも今のところ、時間の制約は厳しくて、試験版の第1回でも「政権交代にはたいせつな意義がある」と強調したところで終わらざるを得ませんでした。
 その先にある真意は、上に述べたとおりです。


▼ぼく個人にとっても、ことしほど苦しい年末年始はありませんでした。

 例年、年の初めは海外に出張し、その新しい年の世界の空気を肌で感じようとするのですが、ことしは行きませんでした。

 ひとつには、昨年12月にサンフランシスコでの国際学会に出席し、2月には別の海外出張も予定されているので、見送りました。
 独研(独立総合研究所)は、既得権益に寄り添うのではなく真正面から戦っていますから、経理・財政は日常的に厳しく、他の研究員の海外出張も考え合わせると、コストを絞らねばなりません。

 もうひとつには、滞留しているさまざまな本の原稿を、年末年始のアポイントメントがぐんと減る時期に進めたかった。
 海外に出ると、その国で人に会い、その国の政治経済、そして自然を見ることを最優先して時間を費やすから、原稿は進みません。
 ところが、せっかく国内にいたのに、原稿書きの不調に苦しみ抜いて、どん底でした。

 そうしたなか、激しい背中痛が起き、月に3度ほどバーベルを挙げているジムのトレーナーに見てもらうと「原稿を書くために背中を丸めてキーボードに屈み込み続けているから、背中が耐えきれなくなった」ということでした。
 なんらの原稿も生み出せず、背中の痛みだけ生み出した。ふひ。
 海外の空気も吸わず、原稿も書けず、内心で世に鬱々と苦しみ、背中痛だけつくった年末年始であります。

 やはり、さすがに今年はどこかで、心身をいったんリフレッシュさせないといけないなぁ。
 ぼくが共同通信を依願退社したのが、平成9年、1997年の大晦日、12月31日付でした。
 翌日の平成10年、1998年の元旦、1月1日付で三菱総研に入社してから、きょうで満12年と5日、ただの1日もオフ、休みがない月日を過ごしてきました。
 共同通信の記者だったときも、めちゃらくちゃらに忙しかった。未明の3時半ごろに夜回り取材から帰宅して、1時間半後の朝5時には、朝駆け取材のために東京・九段の衆院議員宿舎などへ出かけていくのです。自宅では、立ったまま眠りながらシャワーを浴びるだけでした。
 それでも、たとえば首相官邸詰めの共同通信記者は11人いて、全メディアのなかで最多、外務省でも最多でしたから、交代要員がいるのです。だから忙しくても、政変や昭和天皇が吐血されるといった事態がない限りは、夏休みも正月休みもありました。
 ぼくはダイバーだし、乗馬もするし、4輪のレーシング・ライセンス(国内A級)もあり、記者当時はサーキットに復帰はしていなかったけど、スポーツでかなりストレスを解消できていましたね。

 しかし三菱総研に移り、そのあとに独研を創立してからは、交代する人がいませんから、まずは夏休みなどがなくなり、プロの物書きとしても出発したから、アポイントメントのない日でも必ず大量の原稿執筆があり、専業の物書きのかたとは違ってふだん書く時間がないので、アポのない日こそ必死でパソコンに向かいあわねばならなくて、1日の休みもなくなったわけです。

 その12年間も、それの前の記者時代も、ぼくがいくら疲れていても「その通り、疲れているね」と言ったことのない、つまり下手な同情をしたことのない身近な人が、この年始に、「ほんとうは休みたいんだねー」と初めて言いました。
 ぼくは思わず、「そう、最低でも3か月間ずっと、休みたい」と答え、「じゃ、休めば?」と返されて、休めない現実をむしろ実感しました。ふひふひ。

 この身近なひとは、身近なだけに、ぼくの心身の基礎体力をよーく知っているので、ぼくが永遠不滅だと思い込んでいるところもある。
 やっぱ、ぼく自身が判断し決断して、今年の目標のひとつを、12年プラスアルファぶりの完全休暇を、そうだなぁ、ミニマムなら1日、マキシマムで1週間ほど、取ることに置きましょう。

 原稿を書くというのは、ほんとうは心身の芯から凄まじくエネルギーを絞り出す作業です。この疲労ぶりでは、年末年始になったからといってそれを簡単にやれるはずはない面はありましたが、基本的には、ぼくの意志が弱く、あまりに弱く、どん底に沈んだのです。

 しかしあさって6日水曜から、関西テレビの報道番組「アンカー」も再開します。
 どん底に落ちたことをむしろ逆手にとって、より初心に返って、視聴者への責任を果たし尽くせるよう戦いたいと思います。
 ほんとうの希望は、絶望から生まれる。
 それが、ふだんの信念のひとつですから。


▼関西テレビと言えば、きのう4日に「爆笑!こうなる宣言2010」が放送されました。
 これは毎年、年末に収録される番組で、ことしも12月27日の日曜に収録がありました。したがって、ずいぶんと編集が入っています。

 いつも申していることですが、編集権はテレビ局にあります。
 それを承知で番組参加(出演)をOKしているのですから、よほどのことがない限り、抗議はしません。
 過去に一度だけ、在京テレビの有名番組で、靖国神社などをめぐって、ぼくの発言が逆さまになるように捏造した驚くべき編集があり、そのときだけは抗議の声をあげました。
 発言の意図がちゃんと伝わらないのは日常茶飯事で、発言しているぼくが下手くそであることも謙虚に考えねばならないけど、メインキャスター(あるいはメインキャラクター)の発言をひとつひとつ厳しく批判しているのに、真逆に、賛同、賛美しているかのように意図的に編集するのは、我慢の限界を超えています。というより、視聴者のためにも抗議せねばならない次元です。
 ただし、このケースは、局による編集というより制作会社の編集だったと考えています。

 関西テレビでそのような経験をしたことは、ありません。今回の「爆笑!こうなる宣言2010」も同じです。
 ただ、ぼくとしては、なるべく放送して欲しかった部分が落とされている箇所は、あります。この個人ブログでそれを補うのは、自由だと考えますから、すこし書いておきます。

 たとえば、鳩山総理がほんとうは辞めるべきだと述べたところでは、番組収録の直前に、最高検察庁の当局者と電話で議論した部分がすべて省かれています。
 憲法75条に「国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない。但し、これがため、訴追の権利は、害されない」という条文があり、それに触れて「総理大臣も大臣の一人だから」などと話したところまでは放送されたのですが、肝心のそのあとの話がカットされました。
 放送時間がないからだと思います。

 収録で、ぼくがそのあと話したのは、「検察の当局者に先ほど電話で話したのは、『この75条の後半には、これがため訴追の権利は害されない、とあるのだから、総理の訴追を諦めて上申書にすり替えるのではなく、二人の秘書だけではなく総理についてもすくなくとも立件・起訴できるところまで容疑を固めて、鳩山総理自身に、みずからの訴追を同意して公判でフェアに争うのか、それとも訴追に同意せず自分を守るのか、明確でオープンな選択を迫って、国民の法治の存在を見せるべきではなかったか』ということです。検察の当局者は、あくまで個人的感想、と断ったうえで鳩山総理が国民に人気があることも気にした、と非常に率直に話しました」という趣旨でした。

 また大阪府の橋下徹知事と対話・議論したところでは、関空(関西国際空港)の利権擁護への疑念も生まれることを指摘したあたりが、すべてカットされています。
 あるいは、出演者のかたから「国政には?」という趣旨のフリップが掲げられたとき、知事は一兵卒の議員からやるつもりはないだろうが新人議員か非ベテラン議員にして総理へのストレートな道があり得る状況なら転身するのではないかと話し、その流れで、小沢さんの手法や新人議員への感覚は実は古きも古い、という趣旨を話したところもカットされています。


(その2へ続く)
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