On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2006-09-03 16:36:31

行ったり来たりで、生放送   (※すこし加筆しました)




▼9月最初の週末は、土曜の午後に軽井沢に急行し、日曜の朝に軽井沢からフルスピードで帰京し、昼のテレビ番組に生出演する週末になった。

 番組はテレビ朝日の「サンデー・スクランブル」。
 放送されている地域はそう広くないようだけど、活気のある、視聴率も高い番組だ。

 ぼくは、東京のオリンピック招致について、それから、食糧安全保障ともかかわるマグロ水産資源の減少について、考えをすこし話した。

 オリンピックのところで、別のコメンテイターのかたが「東京生まれで東京育ちだけど関心ない」とおっしゃり、ぼくは「選手村の予定地の近くに住んでいるので(渋滞の悪化などで)迷惑もあるのですが、ぼくは、東京が国内の五輪候補地に決まってから東京の街が新鮮にみえます。意義はあると思う」という趣旨のことを述べた。

 するとMC(メインキャスター)のひとり、長野智子さんが「選手村の場所はどこですか」と何気なく聞かれたので、ぼくは苦笑して、しばらく口ごもった。

 東京都はもちろん選手村の予定地を公表しているけど、ぼくは今、セキュリティの観点から治安当局の要請もあり自宅の場所を詳しくは公表できないから、ストレートにぼくの口からは言いにくい。

 長野智子さんは、勘よく、「あ、なにか、言っちゃいけないんですか」と戸惑って、ぼくの顔を見た。
 ぼくは、「まぁ臨海部です。お台場を含む臨海部」とだけ、あえて曖昧に答えた。
 番組の終わったあとで「あれは、選手村の場所を知らないかのように視聴者に誤解されたと思う」と、ある人から指摘された。

 それは、まさしく誤解だけど、まぁ、こんなことがあるのも生放送だ。
 ぼくはスタジオの緊張感は好きなので、テレビ放送のなかでは生放送がいちばん好きだ。
 受けなくてよい誤解を受けることがあっても、それもまた、ありのままの人生です。


▼ただ、この日曜は、テレビをとるか、あらかじめ決まっていた予定をとるか、ちょっと悩んだ。

 9月2日の土曜。
「フィナンシャル・ジャパン」誌に連載しているコラム「超経済外交のススメ」のゲラに赤を入れて(つまり修正して)から、愛車のラリー・カーを駆って、軽井沢へ。

 翌日の9月3日の日曜には、1年に1回の行事がある。
 これは、なかなか他にない行事じゃないかなと思う。

 東京は日比谷にある、ちいさな、清潔で料理のおいしい呑み場所に、国会議員も官僚も弁護士も巨大企業役員も、肩書きを外して、自然に集まってくる。
 この店の女性オーナーが背筋の伸びた骨のある人で、客がエラソーにしていたりすると、大物閣僚でも叩き出して、出入り禁止にしてしまう。

 この女性オーナーの軽井沢の山荘に、みなが集まって、まず前夜にバーベキュー・パーティをやり、翌日に、本番の行事がある。

 ところが、9月1日金曜の夜になって、サンデー・スクランブルからの出演要請があった。
 独研の幹部に意見を聴くと、「行事は諦めて、出演したほうがいいと思います」という返事。
 その意見を容れ、かつ、この行事に誘ってくれたかたがたの好意に応えるためには、前夜祭だけに出て、とって返して、番組に出るしかない。
 それには、わがラリー・カーと人馬一体で、行ったり来たりをやるしかない。

 土曜日、午後2時45分に東京・湾岸を出発し、軽井沢でもいちばん奥まったエリアの北軽井沢に、2時間10分で到着。
 高速を走っているときは、とても高かった気温が、北軽井沢に近づくにつれ、17度まで下がり、自然の風を入れて走る。
 もともと「雪と氷のモンテカルロ・ラリー」に勝つためだけにつくられた車だから、高温多湿の環境の日本の夏には苦しむ車だ。
 頑張るエンジンが取り込む風が、冷たいのは、いいなぁと、うれしくなる。

 北軽井沢に着くと、すぐ前夜祭に参加して、そのあと小さなペンションに泊まり、翌朝の午前7時15分、北軽井沢を出発。

 いまごろは本番の行事が盛りあがっているだろうなぁと羨ましく想像しつつ、ラリー・カーのポテンシャル(潜在能力)を引き出して、帰京を急ぐ。
 往路とまったく同じ2時間10分で、東京・湾岸に帰着。
 うーむ。モンテカルロ・ラリーで2連覇した、この車らしいかな。ナビゲーターなしでも、渋滞の状況が往路と復路でずいぶんと違っていても、いちおう、ぴたりだね。

 シャワーを浴び、着替えて、すぐにテレビ朝日へ。
 MC(メイン・キャスター)と打ち合わせをする時間もなく、生放送の本番が始まった。

 ぼくなりにベストは尽くした。
 いつもそうだけど、きわめて限られた時間で、必要なことをすべて語るのは難しい。
 というより、物理的に困難な面が、たいへんに、ある。

 視聴者の方からはいつも、「あれに触れて欲しかった」、「これに触れるべきだった」という真剣な意見をいただく。
 テレビの側の事情は事情として、視聴者が「視る立場」から、そうした意見を持たれるのは、ぼく自身も多くの時間は視る立場なのだから、よく分かります。
 テレビ出演が本業じゃないからこそ、よく分かる。

 そこで、ぼくなりに、不充分ながら工夫はする。
 その一つは、ほかの番組に出る機会に、語り漏らしたところを、なるべく語るようにしている。

 マグロ水産資源の減少については、きょうのサンデー・スクランブルでは、気仙沼でマグロ遠洋漁業に従事しているひとびと、それから水産庁の良心派から聴いた事実をもとに、日本の漁民の声を主体にお話しをした。
 先日のロシアの漁船銃撃でも分かったように、この国は海洋国家であるにもかかわらず、水産で生きる人々の声が無視されがちだからだ。

 このマグロをめぐるテーマは、環境保護をめぐる問題を含めてトータルに、別な番組で取り組みたいと思う。
 できれば、関西テレビの「スーパーニュース・アンカー」のぼくのコーナーで。


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