On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2006-09-04 07:18:49

テレビ発言の難しさ





▼日本テレビの「今日の出来事」に出演したとき、大画面の薄型テレビの話題で、ぼくは「車の買い換えを諦めて、本気で、こっちにしようかと考えています」と述べた。

 すると、友だちから「あのラリー・カーを売るのか。信じられない、とんでもない」と聞かれた。
 無理もない。
 まさしく、そう発言しているもんね。
 しかし、ほんとうは「車の買い換え」ではなく、「車の買い足し」だ。

 ぼくの乗っているドイツ生まれのラリー・カーは、一般道を走るには、まったく適さない。ほんとうは公道を走るのではなく、ラリー競技に勝つことが目的の車だからだ。
 輸入元のヤナセによると、日本にはわずかに30台だけ輸入されて、現存するのはもう、ぼくの乗るたった1台だそうだ。

 これは手放さないけど、競技用のエンジンは神経質だから、常にトラブルとの戦いだ。
 運転するときは、いつも五感を澄ませて、トラブルが起きるまえに兆候を掴み、早めに対処するようにしている。
 それでもある朝、突然にトラブルが起きていて、出かけるはずが出かけられないということも起きる。
 それに、こうまで忙しくなると、兆候は掴んでいたのに「対処」はできない、ということが増えた。

 そこで、もう1台を買って、ラリー・カーの突然のトラブルがあっても無事に出かけることができるようにしておこうかと検討していた。

 それを諦めて、大型画面の薄型テレビを買おうかなと考えている。
 ありのままに言って、ぼくは、たとえば講演料もテレビ出演料もすべて独立総合研究所(独研)に納めていて、手にするのは独研からの役員報酬だけだから、両方同時は、ちと、きびしい。


▼それが正確なところなのだけど、あの話題のとき、番組では「トーク全体で50秒」と決められていた。
 ぼくがこんな詳しい私的なことを、もさもさと話していたら、それだけで50秒なんて飛んでしまい、アナウンサーからの振りも、メイン・キャスターからの振りも、みな潰れて、番組進行がめちゃくちゃになる。

 また仮に、「車の買い足しを諦めて…」とだけ述べると、視聴者にはよく意味が分からないという心配が強い。

 そこで、本番前にひとりで考えて、「車の買い換えを諦めて…」という一言に凝縮することにした。
 車の買い換えなのか、車の買い足しなのか、それはあくまでぼくの私的なことだ。ぼくは「テレビ受像器が鮮明な大型画面を持つことは、ひとびとが情報を摂取するうえで有益だろう。ハードが進化すれば、ソフトやコンテンツも進化する、それがにんげんの技術の歴史だ」と考えているから、この公的な部分が伝わればよいと判断した。

 ただし、『大画面の薄型テレビを買うつもりがない』、あるいは『車をとにかく買うことの検討と、テレビの購入が関係ない』なら、ぼくは、あのようには決して発言しない。
 実際に、新型テレビを買うつもりがあり、そのために車の購入を諦めようとしているから、発言した。


▼テレビでの発言は、ここに難しさがある。
 時間が、信じがたいほど制約されていて、しかも発した言葉は、二度と修正できない。いや修正できないだけじゃなく、あとから補う、足す、これもできない。

 後者のほうは、テレビに関わる前から、誰でもそうであるようにぼくにも想像できていたけど、前者のほうは、実際に番組に出てみると、まさしく想像を超えていた。

 これからも、テレビにささやかに関わる以上は、その難しさにじっくり取り組みたい。
 なぜなら、その難しさは、視聴者には関係がないからだ。
 視聴者はあくまでも、テレビが発する画像と音声がすべてで、その裏事情まで考える義務は一切ない。
 だから、ぼくのようにテレビ出演が本業じゃない人間でも、懸命に、ベストを尽くして、難しさに取り組みたい。


▼ぼくの本業は、シンクタンクの社長のほかに、物書きであることだ。
 文章は、修正が効くときもある。あとから補い、足すことができるときも、ある。
 だから文章を書くことが簡単、ということは全くないけれど、文章というもののメリットの一つではあるのだろう。

 このブログも、ときどき、実は折に触れて文章を直している。
 よく読んでいただくと、大半の書き込みが、当初に書き込んだときとはすこし、あるいは沢山、変わっている。

 ちなみに、この一つ前の書き込み、それから、もう一つ前の書き込みも、加筆し、修正した。
 特に、もう一つ前の書き込みは、タイトルも手直しをし、中身の文章はずいぶんと時間をかけて、大幅に加筆した。



☆みなさん、できれば、読み直してくださいね。

 写真は、講演で訪れた北の大地・帯広の、十勝ワインとなる葡萄です。
 この書き込みから2つ前の書き込みに、講演のことが書いてあります。
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