On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2013-10-07 21:47:23

遊んでこそ、にんげん




▼消耗する仕事だけをやって、あっという間に帰国するハワイだけど、帰国便に乗る日、ホノルルの朝の時間帯なら日本はまだ日曜の深夜から月曜の未明で、日米いずれも動いていないために、「社長(※ぼくです)、2時間半ほど時間がありますよ」ということになった。

 即、答えました。
「じゃ、サーフィンをやる」って。


▼なにせ、仕事の場所が海に間近いというか、たとえばアメリカ太平洋艦隊司令部だって何だって、海のすぐそばですからね。
 前後に時間を費やさずに、すぐやれる、と考えたのです。

 ちらりとは、「ジコ(事故)るかも」と思いました。
 まず、日本でもハワイでも、ほとんど寝ずに仕事を続けていて、その状態のまま、いきなり海に入ると、とても寒いだろうな、体温が奪われるだろうなということがあります。
 そして、さまざまに「するスポーツ」に下手なりにチャレンジしてきたぼくではありますが、サーフィンだけはこれまで、ただの一度もやったことがない、それどころか一度も「やろうか」と考えたこともないのです。

 ハワイでも、かつては仕事だけじゃなくて、スキューバ・ダイビングでナマコばっかりの海に驚いたり、オープンカーを借りてロング・ドライブで島々をめぐったり、それから、日本では1年に1度ぐらいしかしない下手くそなゴルフも、サンダルでOKというのでやってみたり、いろいろありましたが、サーフィンだけは近づかなかった。
 理由は、特にありません。ハワイではポピュラーすぎたからかな?

 ところが、この頃は「やってみようか」と、ほんの少し思うようになっていました。
 この変化のわけは、自分ではとても、はっきりしています。
 この頃、つまりこの年齢になってから、長年やって来たアルペン・スキーの滑りが、もの凄く良くなっていて「現役の時にこうであればナァ」と思っています。
 スキーとは、究極としては、バランスだけの競技、スポーツです。
 ハンドルもブレーキもアクセルもない、ただの板の上でバランスを取って、時速100キロを超えて急坂を突っ走るのです。
 滑りが良くなったということは、バランスが良くなったということです。
 その、ようやくにして獲得したバランス感覚を、サーフボードの上で試してみたくなっていました。


▼やる以上は、基礎からしっかり固めたい。
 だから、プロのサーファーに付きました。
 サンディエゴに生まれて、お父さんからサーフィンとスキーを教わって、ハワイでプロ・サーファーになったという、とてもとても眼のきれいな白人青年です。

 この地味ブログを読むひとにも、サーファーは少なからずいらっしゃるでしょう。
 以下は、そういう人からすれば「おいおい」という話でしょうが、あったままを書きます。間違いだらけでしょうが、かんべんしてくだされ。

 まずは砂浜に置かれたサーフ・ボードの上で腹ばいになり、ボードを両腕で漕いでいくやり方(パドリング)、そこから身体を起こしてボードの上に立つやり方を、練習します。
 ぼくは身体が柔らかいのでポンとワン・アクションで何気なく立つと、プロに「だめだめ、まずは膝をボードについてから」と厳しく言われました。
 この練習は、たった5分ぐらい。
 聞かれたのは、「今までほかにどんなスポーツをしてきた?」ということだけ。「アルペン・スキーとモータースポーツとスキューバ・ダイビング、それに乗馬ぐらいかな」と答えると、なんとなくプロ・サーファーは満足そうだった。
 んなこと言っても、実際どれぐらいやれるか分からないのにね。

 そして、いきなり、海へ。
 海岸線にごく近い当たりから、思ったより波が強い。
 そのなかで、ボードに腹這いに乗れ、と言われて、ちょい苦労する感じで、生まれて初めてボードによじ登る。
 すると、そこでやっと「泳げる?」と聞かれた。
 泳ぎは得意だけど、ここで「泳げない」と答えたら、どうなるんだろう。

 プロ・サーファーのボードと並んだり、前後しながら、せっせとパドリングして(両腕で漕いで)沖合へ。
 海岸線からかなり遠くへ、ひたすら漕いで、出る。
 この時点で、「これって、ほんとは、海に慣れてないひとや、泳ぎに自信のないひとなら、大変じゃないのかなぁ」と思うけど、プロ・サーファーは一切お構いなし。

 沖に出るにつれ、どんどん波が襲ってくるのだけど、プロ・サーファーはまだ「立て」という指示は出さない。
 内心で、「スキーでもふつう、初心者には緩斜面から滑りを教えるんだけどな、いきなり高い波でやるのかい」と思うけど、まぁ、やるっきゃない。

 そしてついに、プロ・サーファーから突如、「立て」という指示。
 よしっ、と、まず膝をついて立とうとすると、一瞬で波に呑まれてボードは吹っ飛び、水中でぐるぐるに身体を回される。
 頭から足の先まで、凶暴な力で回されながら、海がずいぶん深いことが何となく分かって、「岩に頭をぶつけたりする心配だけはなさそうだな」と考える。

 ようやく海面に顔を出して、足首に、黒いロープみたいなもので結びつけられているボードにすがりついて、よじ登ると、プロ・サーファーは「動作が遅すぎたよ」と一言だけ。

 そして次の波。
 懸命にパドリングしていると、ボードが急激に走り出した。
 波の上で加速する感覚が何となく分かる。ボードの先端が、明らかに海面より上にある。、「ここだ」と感じて、プロ・サーファーの指示を待つのも忘れて、そしてアドバイスも忘れて、膝はつかずに、さっさと自分の感覚でそのまま立つと、ボードは波の上を走る。
 

 足の下の感覚は、スキーとはもちろん違う。
 スキーは、硬いスキーブーツを履いて、そのブーツがバインディングで板にしっかり固定されている。
 だけどサーフボードは、素足で立っているだけ。

 それでも自然にスキーと同じ動作をしていた。スキーヤーによっては、あるいは斜面によっては、ブーツの中で足の指をわずかに曲げてグリップする動作をしている。素足の指でボードを掴む感じにすると、むしろスキーよりもバランスを取りやすい。
 わずかな時間、波の上を走る感覚があって、後ろから来た新しい波にひっくり返されるように、ボードから海に、頭から落ちた。

 気がつくと、プロ・サーファーと、彼の仲間らしいサーファーがふたり、ボードでぼくに寄ってきて海の上で拍手をしている。
「驚いたぜ、こいつは」、「すげぇ長く乗っていたよ」(原文は、当たり前だけどすべて英語)と口々に叫ぶ。

 まぁ、間違いなく初心者を勇気づける意味があるんだろうけど、正直、「長年のスキーも無駄じゃなかったなぁ」なんて余計なことをちらりと思った。
 スキーも何もスポーツは人間の遊び。
 無駄なことを一生懸命にやるのが、スポーツだから、おかしな感想ではあります。


▼このあと、失敗も山のようにあったけど、膝をつかない立ち方で、いっぱい波に乗る。
 たっぷり2時間、正直、へとへとだ。
 なにより「これを着て」と、サーフショップで渡された長袖のTシャツのようなウェアが濡れて、それが寒い、冷たい。
 曇り空のせいもあるだろうけど、水温は低くないのに、歯ががちがちと合わないほど寒い。

 しかし、もう新しい波にひっくかえされることもなくなり、次々に背後から来る波に乗り続けていると、横へ横へ切るように、距離が自分でも「へぇー」と思うほど、伸びる。
 最後についに波がなくなると、そのままボードに腹這いに戻る。

 これまで、映像でサーフィンを見るたび、「どんなにうまくても最後はボードから海に落ちないといけないんだ」と思っていたけど、やってみると、落ちることも多いけど、最後まで落ちないで腹這いに戻り、そのままパドリングで再び、沖合に戻れる時もあると分かった。

 プロ・サーファーが「ふつうは初心者は、なかなか立てない。立てる人でも、ボードが真っ直ぐに岸に向かうだけだ。あんたは、横へ横へ、波を切るように長く乗っていく。初めて見た。信じられないよ」と波のまにまに言う。
「スキーヤーだから?」と聞くと、「きっと、そうだよ」と答える。
 そうやって波間で話していると、また彼の先輩らしいプロ・サーファーらがボードで寄ってきて、ハイタッチの手を出す。ぱちーん。
 何度も何度も、大きな手と強烈にハイタッチ。ぱちーん、ぱちーん。
「すげえな。びっくりしたぜ。きょうはグレートマンに会ったよ」と真剣に言われた。


▼浜に上がって、ボードを返しに行くとき、プロ・サーファーが「みんなジェラシーを感じてたのが分かったかい?」と聞く。
 そんなことは何も感じなかったけど、もちろんプロ・サーファーたちのことではなく、ぼくのように初心者がかなり海に入っていたから、そのことだろうと思い、沖合をみながら歩くと、確かに、いろいろ苦労している様子だ。
 立つことができても、へっぴり腰で、すこし真っ直ぐ進むと、ボードごとひっくり返って落ちている人が多い。

 と言っても、ぼくも自分の感覚では、充分にへっぴり腰だったし、なにせ情けなく寒かったし、そしてボードで顎にヒットされるわ、頭もヒットされるわ、これが昔のように木製のボードだったら間違いなく大怪我をしていた。
 今は発泡スチロールのような感じの素材(実際は発泡ウレタンフォームやら樹脂やらの混合素材らしい。よく知りませぬ)。
 だから怪我をしなかっただけだ。

 シャワーに入ってから、独研(独立総合研究所)の研究員や青山千春博士と、次の仕事の打ち合わせを兼ねて昼ご飯を食べていたら、顎が右にずれているのに気づいた。
 わはは。
 最初に海中で全身をぐるぐる回されたあと、海中では力を抜くようにしたら、ごく自然に海面に浮上できたから、あまり意識していなかったけど、ほんとうは、そのあとも何度も激しくやられたらしい。
 ずれた顎で、巨大な皿の辛いサラダを食べているうちに思い出した。一度、ボードから真っ逆さまに落ちる時に、ボードの縁で左顎を強烈に打った。
 鼻血が出たかなと、海のなかで鼻を触ったりしたのでありました。

 今、帰りの機中でこれを書いています。そろそろ日本列島が近づいています。
 知らないあいだに、顎は元に戻りました。ふひ。


▼これで、またまた「するスポーツ」が増えてしまった。
 しかし、膝はつかなくて、ほんとうにいいのかなぁ。
 ぼくは我流では、スポーツをあまりやりたくない。スキー、レーシング・ドライブ、スキューバ・ダイビング、乗馬…すべて正式な訓練を受けてきました。
 サーフィンは、これからもやります。
 だから、またしっかりとプロに教わりたい。

 今回のことは、ただのビギナーズ・ラック(初心者ゆえの幸運)。
 と同時に、「おのれなりの感覚、個性」もスポーツには大切だなぁ、とあらためて感じました。

 それにしても、波乗り、サーフィンは、人間は遊ぶ動物であり、遊ぶからこそ人間になったということを、愉しく実感しました。
 これがいちばんの「ラック」ですね。

 さぁ、日本へ帰るとすぐに京都、大阪のサイン会だぁ。
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