On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2021-09-26 10:44:20
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
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ただ1問の質問機会にお尋ねしようと考えていたこと  中止の総裁選討論会

 護る会 ( 日本の尊厳と国益を護る会 ) が主宰する総裁選の討論会について、中止のいきさつを、ありのままに主権者・国民へ公開しています。このエントリーです。
 中止となっても書き残す意味のあることに絞って、記しておきます。

▼討論会の具体的な運営をめぐって、山田宏・護る会幹事長らと合意していたことのひとつは、「代表と幹事長の質問は最小限度にして、護る会所属議員の自由質問をあくまでも主にしよう」ということです。
 したがって、代表と幹事長は、4候補に共通した質問をそれぞれ1問づつだけ、簡潔に、おこなうと決めていました。

▼では、代表として何をお尋ねするつもりだったか。
 これはずいぶん、考えました。
 たとえば、「これぞ具体策」という政策に絞るやり方です。ということは対象はひとつになります。武漢熱、経済の苦境、経済安全保障およびスパイ防止法、中国共産党の独裁主義に以下に対峙するか、皇位継承、中韓による国土侵蝕、さまざにあります。これでもかというぐらい沢山あります。
 あるいは、そうした個別の具体策は、志ある護る会議員にお任せして、根本的な理念に絞って聞くやり方です。

 考えた末に、このふたつを、良き意味で合体させようと決めました。

▼そして、以下のような内容を主にお尋ねすると、護る会の内部に伝えました。

 
 日本には古代から「民が宝」という国家の理念があります。
 正史としての日本書紀にもその旨が明記されています。
 中国の武漢発の感染症がもたらした命、健康、生活、仕事、教育の凡 ( すべ ) てに及ぶ危機にあたって、自由民主党とその政権のまつりごと ( 政 ) が、主権者・国民に「民が疎 ( おろそ ) かにされている」という疑いを生んだこと、それが、もっとも深い問題です。
 これをいかにお考えでしょうか。
 また総理総裁となられたとき、この疑いを乗り越えるために、どのように行動されるでしょうか。具体策をもってお答えください。

▼そして、代表と幹事長の質問だけは、事前に4候補にお伝えし、その他はすべて、その場での護る会議員の自由質問にする予定でした。
 また、主権者の多くから「これまでの討論会が全体に総花的で食い足りなかった」という意見をいただいていました。
 これは、4候補それぞれの答えぶりにもよると考えつつ、そのような全体の印象を生むひとつの原因が「質問したら質問しっぱなし、答えたら答えっぱなし」ということにもあると考えました。
 そして、候補者ひとりにつき全部で30分という厳しい時間制限あるものの、候補者がおひとりで答えられる時間を30分、確保したということでもあるから、できる限り、候補者と質問者の護る会議員が最低でも2往復のやり取りができるように運営していく方向でした。

▼さて、これ以上は ( 好きなことわざではありませんが ) 「死せる子の年を数える」ということになるので、ここまでにします。

( 好きなことわざでない理由は、出産にあたって、たとえばご不幸のあった女性が、もし無事に育っていたらと常にお考えになっても、それは自然なことであり、慈愛の深いことだと考えているからです。死せる子の魂にとっては、お母さんがいつまでも考えてくれるというのは、どれほどの慰めになることでしょうか。
 しかし「終わったことをいつまでも言う」といった平板な言葉よりも、おたがいに気持ちが入ることも事実ですから、考えた末に、記しました )

▼ただ、古代から国家の理念を「民が宝」に定めた国は、世界が広くても、日本国しかありません。
 日本のまつりごとの根幹のなかの根幹です。
 その日本国の総理になろうとするひとに、ただひとつしかお尋ねしないのであれば、これを聴くほかありませぬ。
 同時に、このお尋ねは、武漢熱をはじめたった今の具体策のあり方に直結しています。

 皇位継承まんがの『誰があなたを護るのか 不安の時代の皇 ( すめらぎ ) 』 のp37からp52の「天皇陛下は何のためにいらっしゃるか」の章、すなわち仁徳天皇が中心の章に、これを明示しています。
 そしてP51の欄外の註をご覧ください。

~ 「日本書紀」には、仁徳天皇が皇后陛下に仰った有名なお言葉がある。 ( 中略 ) 天の君 ( くん ) を立つるは是百姓 ( これひゃくしょう ) の為なり。百姓が富めるは朕 ( ちん ) が富めるなり」 ~

 私心 ( わたぐしごころ ) を去られ、わたしたち民のために生きられ、それがために聖の帝(ひじりのみかど)と後世に伝えられてきた仁徳天皇の、魂が震えるようなお言葉です。
 この皇位継承マンガを丁寧至極に監修してくださった新田均・皇學館大学教授は最近、あらためて以下のように語ってくださいました。

「青山さんの日本書紀の解釈で正しいです。
 百姓は、ヒャクのセイであり、訓読みは、おおみたからです。
 農民だけを指すのではなく、多くの民という意味です」

 そして皇位継承マンガは、国の正史である日本書紀を基にすることで統一していますが、個人的には大好きな古事記にも同様の記述があるのです。
 これについても新田先生は最近、次のように仰ってくださいました。

「古事記にも同様の記載があります。
 こちらは百姓ではなく、人民と書かれております。
 訓読みは同様の、おおみたからです」

▼わたしたちはみな、民が宝とされる古代国家がそのまま健在でいる国家に生きているのです。
 拉致被害者をなぜ全員、救出せねばならないかの根っこも、ここにあります。

 あえて提案します。
 不肖ぼくの生涯を貫く精神である、脱私即的、だっしそくてき、わたくしを脱してほんらいの目的に即 ( つ ) く。
 これをひとりでも多くの国民と共有できれば、まつりごとは、変わります。
 まつりごとを変えるのが、総裁選のはずです。


※ 皇位継承マンガは、たとえばここにあります。
※ 総裁選に限らず、丁寧に言葉を連ねるのが、ぼくの基本スタイルです。動画でも、実は同じです。
  総裁選について、もっとも簡潔に述べているのはこれです。1分54秒です。
※ 今日はこれから、独立講演会@東京に臨んで、宝であるみなさんとじかにお会いします。
  現在の募集は、ここです。





 
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