On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2024-02-27 03:43:26
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
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【写真のダブりを解消しました】【文章の一部がなぜか不可思議にも消えていたのでアップし直しました】  ウクライナ軍の情報責任者が「ナワリヌイ氏は自然死」、支援者は「解放で合意する直前に殺害」、ゼレンスキー大統領は「反転攻勢がロシアに漏れていた」・・・情報がそれぞれ意図を持って錯綜しています。ウクライナが必ず正義ではないし、ロシアの浸透工作も軽視は禁物です



▼きのう2月26日月曜は、行政監視委員会で質問 ( ひとつ前のエントリーで報告済み ) したあと、傍聴に来られた主権者のみなさんに国会の一角で、ミニ解説会をおこないました。 ( 国会の一角を短時間、お借りすることについて、いつもとおなじく衛視さんの諒解を得ています )

★国会には、主権者に知らされていないことが多すぎます。
 この「行監委」がなぜ参議院だけにあるのか、この日の審議はなぜ「議員と政府の質疑」ではなく「議員と参考人の質疑」なのか、その参考人はどのように選ばれたのか、わたしの質問にはどんな目標と背景があるのか、参考人として来てくださった有識者の答えにはどんな意義があるのか・・・それらはマスメディアの決まり切った国会報道ではまったく分かりません。
 そもそも、行監委のような政策論議は、委員の誰かにスキャンダルが起きない限り、記者はまったく無視、取材が無いから、報道も決しておこなわれません。

 だから、わたしが質問に立つたび、忙しい日常のなかで国会の現場まで来てくださった主権者のみなさんに、時間的には「ミニ」とは言え、語るべきをすべて盛り込むように努めて、毎回必ず、解説をおこなっています。
 
▼きのうは、行監委が終了した時すでに、自由民主党本部では、能登半島地震をめぐる「現地からの報告会」が始まっていました。
 事前にそれを知って、秘書さんとわたしはすこし苦しんで協議し、主権者への責任として解説は短めにおこない、そこから被災者への責任の一環として報告会へ向かうと決めました。報告会は、自由参加です。

▼ミニ解説会では、主権者のみなさんから質問も、恐縮ながらひとつに絞ってお答えしました。
 そのあと、国会の外へ出て、歩行者の邪魔にならないように充分に気をつけながら、集合写真を撮りました。
( ルール上、院外、すなわち国会議事堂の構内の外へ出て撮る必要があります )
 冒頭の写真がそれです。

▼みなさんの明るい表情に救われます。
 わたしの agony , distress , anguish わはは、直に書く気がしなくて、国際語で書いてしまいました。要は鬱屈の、唯一の救いです。

 たとえばウクライナに関するこの動画で「デマ」というのは、政府・外務省の実際の発言を、ありのままに客観的に紹介しています。
 その政府発言を、部会において手書きで急ぎ、メモした紙も、そのままお見せしていますね。

 国会の裏側とおなじく、自由民主党の部会も、議論の現場にはメディアも主権者も入れません。そこで、主権者の代理人として、行政官 ( 官僚 ) が現実に責任を持って発言したことを、事実として報告しています。
 わたし自身がデマと言ったと曲げて拡げるのは、なぜでしょうか。
 ふだん、わたしの動画「青山繁晴チャンネル☆ぼくらの国会」を視ておられないのかも知れません。

 この部会の内容を、ルールの範囲内で、すなわち他の議員の発言は基本的に紹介せず、わたしの発言と政府の発言に絞って主権者に開示することは、「青山繁晴チャンネル☆ぼくらの国会」の発信を始めてから、ずっと続けている任務です。
 部会は、冒頭取材のあと、議論は、自由な議論を確保するために非公開でおこなわれます。しかし議論のあと、部会長が部会長の権限としてメディアにブリーフィングをおこないます。したがって、公開と非公開の狭間という性格のものです。

▼ただし、不肖わたしの鬱屈は、こうしたネット上の意図的な所作が主たる原因ではありませぬ。
 民主主義の負の側面、そこに顕れるにんげんの病が原因です。

▼さて、ミニ解説会から大急ぎで、党本部に向かい、「現地からの報告会」に参加しました。
 石川県選出の衆参両院議員が雛壇に並び、馳浩石川県知事はオンラインの画面でそれぞれ、地震が発生した元日から現在までの実情と、今後の重い課題と、希望への展望を、真摯に話されました。
 通常国会が開会中ですから、被災地の議員であっても平日は国会に居る義務があります。一方で知事は、被災地を離れることはできないということだと思います。



▼非公開でおこなわれた質疑応答では、災害関連死という深刻な問題をめぐって議員同士の議論もあり、参加議員は、現場を踏まえての真剣な討議を展開したと考えています。

 写真では参加議員が少なく見えるかも知れませんが、それは終了間際に撮ったからです。
 実際は、参加議員は多かったです。ここは、党本部でいちばん広い、小ホールのような部屋です。

 あらためて被災者のみなさまに復興への誓い、被害再来の防止への誓いを申しあげます。
 ボランティア、自衛官、警察官、消防隊員、県市町村職員のみなさまに深い感謝と敬意を申しあげます。

▼このエントリーのタイトルに記したとおり、世界では、ナワリヌイ氏の不審死 ( 世界の広範な受け止めは暗殺 ) をめぐっても情報戦の様相を深めています。

 わたしがこの最新動画(「青山繁晴チャンネル☆ぼくらの国会」の第679回放送)で、あまりにむごいと申しているのは、去年のクリスマスにアレクセイ・ナワリヌイさんがそれまでの苛酷な獄からさらに北極圏の殺人的な獄に移され、そこでは極寒から身を守れない囚人服、栄養失調に陥るだろう粗末すぎる食事、また拷問まで日常的におこなわれたという情報のことです。

 あくまで、確認が極めて難しい、仮の情報に過ぎません。
 しかし、わたしは、おのれ自身の身に置き換えて、耐えがたい気持ちが噴き出てきました。
 わたしがその北極圏の獄に不当に繋がれ、朝まで寒さに震えて一睡もできず、やっと朝食が来ても、身体をとても温められない食事で、その先に拷問が待っているとしたら、現在の 
agony , distress , anguish などいかほどのこともありません。

 ひとりの文学者として申せば、仮にどれほどよい環境であっても、にんげんを押し潰す苦悩はあります。
 突然の例を引きますが、個人的に好きな女優さん、キリッとした姿が大好きだった竹内結子さんがまさかの自決をなさったようにです。その内心は推し量れません。それでも無理に、僭越にも推し量ると、どのような環境でも生きることはそこから逃れたい誘惑の湧き起こるものだと言わざるを得ません。

 しかし、それにしても、ナワリヌイさんの押し込められた環境がどれほどむごいものだったか。
 これをプーチン大統領は知らないはずはありません。
 ほんとうは、政敵であればあるほど、丁重に扱うべきです。前人未踏のにんげん探求をおこなったドストエフスキーを生んだのがロシアです。

 少年時代にドストエフスキーを読み続けた日本人、文学の国でもある日本の国民として、おもわず動画で、なんとむごいと連発しました。
 お聞き苦しいところは、どうかご容赦ください。

 やがて夜が明けるきょうの日も、台風に近い強風となる地域が多い日になるようです。
 くれぐれも、お気をつけください。
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