2024-11-04 02:25:27
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
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出口太・五島市長がまさかの参加 議員会館の青山繁晴事務所の出身 そして歴史の目撃者
▼もはや季節を問わずいつでも襲い来る大雨で、被害の出たみなさまに、こころからお見舞いを申しあげます。
気候がすでに一変した国土に対処できる国造りを急がねばなりません。
おととい11月2日の土曜、関東にも大雨が降るまえ、法政大学の学術系サークル「志雄会」が開いた「青山繁晴講演会」で講演 ( 公開講義 ) をいたしたことは、ひとつ前のエントリーに記しました。
いつも通り、早めに控え室に入っていると、同行の川村香奈枝・公設第一秘書が「あの~、五島市長がおみえになっています」と言います。
わたしは一瞬、意味が分かりません。
長崎県五島市の新しい市長は、議員会館の青山繁晴事務所で公設政策秘書を務めてくれていた出口 ( いでぐち ) 太さんが、市長選に勝って就任したばかりです。
就任後、青山繁晴事務所にあいさつに来られましたが、この日の直前にも、東京に陳情などの所用があったとのことで再び、青山繁晴事務所に寄ってくれました。
しかしおとといは、公務が原則ないはずの土曜日で、しかも場所が国会からすこし距離のある法政大学のキャンパスです。
五島の市長さんが現れる意味が分かりません。
すると控え室に入ってきた出口市長が、こう仰いました
「五島市の出身者で東京に居る人の会がこのあたりで、これからあるんです。 ( 市長に同行している ) この課長が、青山さんのファンで、講演を聴きたいというものですから、来てみました」
わたしはもちろん、「どうぞ、課長さんと一緒に聴いてください」と申しました。
市長は「その会合の始まる時間があるので、途中退席になりますが、いいでしょうか」と仰るので、「もちろん」と答えました。
▼そして講演会が始まると、参加者に、こう紹介しました。
「国境離島として重要な長崎県五島市の新しい市長も、みなさんと一緒に、この講義をお聴きになります。市長は、こないだまで議員会館のわたしの事務所の公設の政策秘書でした。秘書さんが次々、辞める国会議員も居るけど、うちの事務所は誰も辞めません。ふるさとの市長になるために初めて辞めたのが、この出口さんです」 ( 趣旨です。言葉の通りではありません )
▼一般的な講演ではなく、臨時のものではあっても大学の講義ですから、話の流れで「訓詁学 ( くんこがく ) とはなんでしょう」という質問を参加者のみなさんにお尋ねしました。
しかし手を挙げる人が居なかったので、物知りの出口さんに「答えと、それから五島市が日本にいかに大切かを語ってください」とお願いしたのでした。 ( これも趣旨です )
▼出口市長は「訓詁学は、ちょっと分かりません」と仰ってから、五島市の男女群島に中国空軍による領空侵犯が起きたばかりであることなどを紹介しつつ、国境離島の五島が日本国にとって死活的な存在意義を持つことを、みごとに説明されました。
さすが、市長選を勝ち抜いてきただけのことはあります。
▼この出口市長は、元は人事院のキャリア行政官 ( 官僚 ) 、そして読売新聞政治部の参議院担当の記者だった人です。
わたしが初当選のあと、公設政策秘書を公募したときに、読売を退社したばかりだったようで応募してこられました。
多少の反対があったなか、わたしは「この人は政局の先読みができるのではないか」と考えて、採用しました。
その期待に応えて、国会、なかでも参議院の動きの先読みができる政策秘書でした。それはたいへん、助かりました。背景には、出口さんが国会の仕組みや慣習を良く理解していて、かつ、自由民主党本部の事務方や参議院の事務当局にまで人脈を持っていたことがあると思います。
★そして実はもうひとつ、出口さんは公設政策秘書の時代に、予想もできなかった特別な役割を果たしたのです。
それは、あえて申せば歴史のひとこまです。
安倍晋三・元総理が暗殺される、西暦2022年7月8日金曜のその朝、出口太・公設政策秘書 ( 当時 ) は、わたしと一緒にANA17便、羽田発伊丹行きに乗り込んで、離陸を待っていました。
ときは、わたしの二度目の参院選挙、その17日間に及ぶ遊説があと残り2日という日の始まりでした。
出口秘書は当時、ふつうはわたしと並びの席に着席しますが、このとき機内は満席、並びの席は取れずにやや離れて座っていました。
それでも議員秘書の役割として、わたしの方を注視していて、わたしがいつもと同じくパソコンに向かって、キーを打つ音を立てないよう配慮しつつ一心不乱に仕事をしているのを眺めていたそうです。
すると、最後に乗り込んできたのが安倍晋三・元総理で、通路際に座るわたしの左肩をいきなり、バンバンと2回、思い切り強く叩いたのでした。
ちょっと驚いて顔を上げたわたしに、安倍さんが思いきり、顔いっぱいに笑いかけたのでした。
このとき出口さんは、安倍さんのそのとびきりの笑顔と、ほんとうに嬉しそうな様子を見て『あぁ、うちの議員はほんとうに安倍さんと仲がいいんだなぁ』と実感したそうです。
そこからわずか2時間半あと、出口秘書は、阪急宝塚駅前で演説するわたしを見守っていました。
すると出口さんのスマートフォンに、「安倍元総理、銃撃され心肺停止」という速報が入ります。
出口さんは迷わず、マイクを握るわたしの目の前にそのスマホ画面を突き入れました。
わたしが聴衆に「安倍さんが撃たれました」と告げ、悲鳴の上がるなか「心肺停止とのことですが、安倍さんは必ず、甦ります」と語るのを目撃し、そして、わたしがなぜか突然に首を垂れ、さらに右上の宙空を見上げるのを目撃されたのでした。
そうです、この想像もできない現代史の場面を、わたしはノンフィクションの新刊、『反回想 わたしの接したもうひとりの安倍総理』に記しています。
出口太・公設政策秘書、現在の国境離島、五島市の若き市長は、この重要な目撃者、歴史の証人なのです。