2025-08-02 03:37:35
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
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【一箇所だけ修文しました】 気持ちの底に、悲しみと哀しみと、苦しみが降り積もった国会初日

▼護る会 ( 日本の尊厳と国益を護る会 ) は臨時国会が召集されたきのう8月1日金曜、総会を開きました。
護る会は、その民主主義的運営に基づき、まず国会が召集されるまえの過日に拡大執行部会を開いて議論し、以下を総会での議題にすることを決めました。
( 1 ) 参院選で明示された民意をあくまで尊び、石破総理の続投に反対する
( 2 ) 石破総理の続投意欲の理由となっていると推察される「80年談話」について、護る会はすでに5月7日に、反対し阻止する文書を林官房長官経由で石破総理に提示しており、総理の回答が無いためにさらに行動する
以上はあくまで議題です。
実際にそのようにするかどうかは、総会で自由な意見を聴き、議論して決めることでした。
そして総会において、充分に議論したうえで、以下を決めました。
すなわちー
▽ ( 1 ) 、 ( 2 ) いずれについても、総会で出た意見を踏まえて執行部が文書の原案を急ぎ作成する。
▽その原案を、護る会の持ち回り総会を開いて全会員議員に提案する。
( 護る会は衆参両院の選挙で落選者を出して減らしましたが、76人という党内最大級の規模は維持しています )
▽その持ち回り総会で、2つの文書を修正して確定し、総理や党執行部に提示する。

▼厳しい議論のさなかでも、代表としてユーモアは必要です。
みんながちゃんと反応してくれるのが、内心でうれしかったです。
自由民主党大阪府連会長としても、そのように努めました。
しかし、わたしの全責任で参院選大阪夏の陣に大敗して辞意を表明した以上、もはや大阪府連ではその機会はありませぬ。

▼終わって記者会見 ( 総会のブリーフィング ) を行いました。
佐々木紀 ( はじめ ) 幹事長 ( 衆院議員 ) は地元の石川県の後援会幹部に不幸があったために、急遽、地元へ戻られました。
それが無ければ、わたしの隣の石橋林太郎事務局長 ( 衆院議員 ) と共に、必ず、この会見に同席されていました。佐々木幹事長は石破総理は早期に辞職すべきという明確な意見をすでに表明されています。
▼護る会の総会は過去、そのほとんどがニュースになっていますが、今回もそうです。
わたし自身は、ニュースになったかどうかはチェックしません。しかし、議員会館の青山繁晴事務所の学生インターンである増野優斗くん ( 早稲田大学政経学部4年 ) が、いつも知らせてくれます。

▼これは国会議事堂の一室の、名簿掲示板です。
わたしを含む同期議員が初登院から間もない頃、自由民主党の新人議員の義務として、早朝の国会対策委員会に出席するときの名簿でした。
出席すると、赤い札が裏返されて黒い札になります。
わたしは議員となって9年1か月、ほぼずべての会議、委員会にいちばん早く来ています。
なぜ、この写真を載せるか。
同期にはすでに、支持団体の意向で引退なさったという議員、地元県連の意向で引退なさったという議員、実は安倍総理の隠れた意向があって引退なさった議員、まさかの事故死を遂げられた議員、複雑な経緯を辿るうちに結局は引退となった議員、落選されて数年が経ったあと死亡議員が出たために繰り上がり当選をなさった議員・・・がいます。
国会議員とは、選挙の試練を受けるために、運命がかように変転する立場です。
きのう8月1日は、与野党、特に野党にたくさんの初登院の議員がいらっしゃいました。
みなさん、まさしく初々しい表情で、希望とやる気に溢れておられるように感じました。
なかには「青山さんに影響されて国会議員を志しました。長い年月を掛けて、ようやく青山さんと一緒の委員会席に座れます」という趣旨のことを仰る議員が、与野党を問わず、すこし驚くほど何人もいらっしゃいました。
わたしは責任を感じつつ、『みなさま、その運命をいまだ知らず』とも考え、そして何より、今回の参院選で涙を呑んだ数多くの、ほんとうに数多くの同志議員を思いました。
たとえば、昨秋の総裁選で、陣営の事務局長という決定的に大切な役割を最後まで務めてくれた和田政宗さん ( 護る会の一員 ) です。
たとえば、護る会を創建したひとりで、当選すれば副代表に復帰するはずだった長尾敬さんです。
たとえば、当選すれば護る会に入ることも公約のひとつだった柳本あきら候補 ( 大阪府選挙区 ) です。
護る会の会員以外にも、良心派の議員が次々に喪われました。
▼国会の開会の日と、閉会の日は、いつも過密日程になります。
本会議も議員総会も何度も繰り返し開かれ、各委員会も公式な手続きを次から次へとこなさねばなりません。
特に今のわたしは、常任委員長のひとり ( 参議院環境委員会の委員長 ) ですから、日程の途中で慌ただしく礼服に着替え、畏れながら天皇陛下を国会正面玄関にて他の常任委員長とともにお迎えをいたし、開会式に臨んだあと、陛下のお見送りをいたし、1分でスーツに着替えて、上掲の護る会総会にぎりぎり間に合わせるということもありました。
さらに九州の玄海原発において「ドローンが来た」という非常連絡が原子力規制委員会に入ったという問題があり、これを議論する議連の会合が開かれて、エネルギーインフラの危機管理をめぐる専門家として、無理を押して参加し、発言しました。
( ただし、不肖わたしが専門家であることを知っているのは、政府側の出席者の一部だけです。他の議員は、不肖わたしの、世の常識とは異なる専門的見地からの発言を不思議そうに、あるいは不審の表情で聴いておられました )
▼朝から夕刻まで、目が回る公務日程がすべて終わり、最近ではまったく珍しく、まともな夕食を摂っているとき、ふと『俺はなぜこんなに、味が分からないのか』と思いました。
この参院選の最前線でわたしが体験したのは、単なる敗北ではありません。
社会の在り方の深いところを含め、名状しがたい、日本の崩落現象です。自由民主党が輩出した現職総理が、あろうことか、左派と呼ぶほかない勢力、左巻きの意図を込めた世論調査をおこなうオールドメディア、そして野党勢力に依拠して、衆参両院選挙で明示された民意に逆らって地位に固執するのはその悪しき頂点です。
ゆうべ遅くにアップしたこの最新動画では、それを「左派や野党に立脚する総理は、自由民主党を離党せよ。離党後は、総裁選の結果はもはや無効である」という問題提起で示しています。
朝と昼と午後の国会議事堂には、志を断ち切られた落選者たちの無念が、そこらじゅうに漂っていました。
そして当選の美酒を汲む新しい議員には、その気配は、ごく自然なこととしてまさか感じられないでしょう。
しかし、ひとりの作家でもあるわたしの胸には、深く抉るように伝わってきていました。
すべて民意です。
歴史の意思でもあります。
一切合切を謙虚に、どこまでも謙虚に、受け止め、主権者のみなさんの代理として国会に留まっている者の責務を果たし続けねばなりません。













