2025-08-10 01:05:21
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
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大阪府連会長を正式に辞任しました そしてまもなく難行苦行の海外調査に出発です

▼きのう西暦2025年8月9日土曜の午前5時半に短い仮眠から起きて、早朝の飛行機に乗り、自由民主党大阪府連の会長としては最後の大阪入りをし、夜半に東京へ帰ってきました。
終日、府連の執行部会、役員連絡会、総務会、そして記者会見と、いつものように長時間を費やし、そのなかの総務会において、わたしの府連会長の辞表が了承されました。
余計なひとことかも知れませんが、わたしは石破さんとは違います。
7月20日の投開票日に柳本あきら候補の苦杯がわかると即、参院選大阪の敗戦の責任はすべてわたしだけにあると明言し、会長の辞職を表明していました。
もしも参院選で負ければ会長を辞職すると、かねて自ら決めていました。
7か月半の最後の日まで、一切の費用が自力です。大阪府連には一切なにも請求もせずに終えました。そして当然ながら無報酬です。
全て無償の行為として務めました。
これも最初から決めていたことです。
昨年の11月、落選中の元代議士から府連会長への就任を思いがけなく要請されたとき、三浦麻未・公設政策秘書や党本部の良心的な幹部から「火中の栗を拾わないでください」と強く反対されました。わたしの苦闘を見て、反対はその後も変わることがありませんでした。
それにもかかわらず、なぜ即座に受けたか。
それは、困っている人がいるから、でした。
何かが欲しいということは、まるでありません。
府連のなかには、こうした考えや生き方が未経験、理解できないものであって、まるで想像外であり、すべてをミニ権力闘争のように考える人も居ました。
「人間はすべて小さな権力欲で争って生きるものだ」という世界観と言いましょうか、人間観と言いましょうか、あるいは厳しく、思い込みと言うべきなのか。
一方で、自己改革に目覚めていく人も居たし、快く連帯してくれる人もたくさん居ました。
府連会長のわたしのすべてが無償の行為であることを、そこはかとなく理解する人も居たと思います。
深く感謝しています。


▼最後の記者会見も、淡々といつも通りに務めました。
記者の質問のなかに、府連改革に関する問いもありました。
府連改革として、日本政治の会計を初めて、資産隠しにもつながりかねない単式簿記から、資産の移動をきちんと明示する複式簿記に切り替えました。
会計に明るい杉本太平・大阪府議が協力してくれました。
また、1枚2万円という高額なパーティ券を特定の人々に売って高級ホテルの宴会場で開く、政治資金集めパーティをやめ、明るく開かれた有償の運動会に変えて、参院選まではその会場探しも進めていました。
主権者のみなさんからは「有償でも必ず参加します。気持ちが明るくなりました」という思いがけないほど多くの反応や、「フリーマーケットも同時開催してください」という愉しい提案まで、たくさん届きました。
▼しかしこれらを継続するかどうかはすべて、新会長と新執行部の判断によるものであり、わたしは一切、干渉いたしません。
わたしの影響力が残って、新会長と新執行部がやりにくいということが決して無いように、府連所属の国会議員であることも、やめました。わたしはいかなる都道府県連にも属さない、自由民主党でただひとりの国会議員に戻ります。
実は、「せめて府連には留まってくれないと絶望する」と吐露される府連の人々も居て、わたしはいったん、「府連所属の議員であることは続ける」と決めて、そのように発言もしました。
ところがその後、それを「青山さんは影響力を残すつもりだ」と受け取る人も居ることが分かり、すべて去る決心をいたしました。
今日の会合のなかで、何人かの人から「やはり府連には留まってほしい」という声がありましたが、今後はネットで連携したり、選挙でかつてと同じく友情から応援したりしますと述べて、完全に去ることとしました。
また、「なにわ塾」という府連の青年局主宰の政治塾があります。
青年局によると「青山会長と会えるという期待で参加者が史上最高になった」と聞いていました。
きょう水原よしあき青年局長 ( 守口市議 ) に「なにわ塾の塾生の方々と参院選敗北は関係ないので、今後も、ボランティアで、なにわ塾のために大阪入りします」と提案し、水原さんは快く諒承してくれました。
▼最後の日の、執行部会、役員連絡会、総務会、記者会見、そのすべてを通じて、もっとも暗い意図が府連のどこにあるかがありありと分かり、わたしは内心で正直、『みずから独演なさる小さな権力闘争に、ここまで高揚して拘っておられるのか』と、ちょっと驚きました。
府連の入っている古いビルを、同行してくれている川村香奈枝・公設第一秘書とともに去るとき、偶然、よき戦いをなさっている地方議員と会いました。狭い通路です。
「私たちを見捨てていくんですか」と悲しい怒りを込めて仰いました。
わたしは眼を間近に、そして真っ直ぐに見て、ありのままに申しました。
「わたしも府連には留まろうと思いました。しかし、それを権力欲と受け取る人が居ることも分かりました。あなたですから、何のことかお分かりですよね。それならば、いったん、わたしをきれいに消し去る方が、やがての希望に繋がるでしょう」
地方議員の眼が、ふっと、和らぎました。
頭のいい人です。
かつて大坂冬の陣、夏の陣で、大坂城 ( のちに現在の大阪城 ) が陥落したのは、城内の内通者の多さと、戦略戦術の思い切りの悪さからです。
膨大な資料がそれを物語ります。
退却は素早く一斉に、反攻は静かにじりじりと。
歴史からそれを学べます。
▼この夜が明けると、早朝に、まずフランクフルトへ向かいます。
もう28年にわたって、民間専門家の時代からずっと続けている自主的なテロ対策調査です。
しかしまだ荷造りすら一切、何もできていません。夜が更けても忙しいです。
8月8日の両院議員総会で、史上初の臨時総裁選の実現へ道筋がついたばかりですが、諸国の政府、軍、治安当局らと交わしたアポイントメントをキャンセルすれば、国益と国家安全保障と外交関係を損ないます。
また、総裁選挙管理委員会が具体的に動き出すのは、早くて8月18日頃からという情勢です。日本社会にとって良き意味でお盆は大切であり、与野党を問わず、大半の国会議員はお盆に地元を回るからです。
わたしは、8月下旬に横浜で開かれるTICAD ( アフリカ開発会議 ) に参加して英語で直にアフリカの首脳陣と会談するよう備えることを要請されているので、それに合わせて帰国します。
オールドメディアが「国会議員は夏休みに優雅に海外出張する」と揶揄する出張とは違って、強行軍の苦しい海外調査です。
調査と議論の成果はすべて、政府に、無償で渡します。民間専門家の時代からそうです。
テロ対策は秘中の秘ですから、「こういう成果がありました」と公表はできません。したがって国民に知られることの無い、これも報われざる長年の仕事のひとつです。
訪ねる場所は具体的に申せません。
都市で申せば、フランクフルト、中東のアブダビ、チューリヒ、ウィーン、ヘルシンキ、ミュンヘン、デンバー、治安が思い切り悪いアルバカーキ、そしてこのごろ治安悪化が深刻なサンフランシスコです。
主権者にひとつお願いです。
わたしはこのようにぎりぎりの努力を重ねて生きています。
ご自分の疑問を、まるで検事のように、被疑者を取り調べるかのようにぶつけてこられて、「答えよ、すぐ答えよ」と迫るのは、できればすこしは控えていただけませんか。
ほんらい情報はタダで得られるとは限りません。ほんとうは情報がいちばん高価です。それをなるべく無償、無条件で主権者にお伝えするよう、これも懸命に努力しています。
いちばん「答えよ」と迫ってこられるあなたさま、千葉の人生のベテランのかたに、伏してお願いします。もはや訪問をしていただけないようにすべきかと苦しみつつ、それをしないでいます。志をお持ちのかただからです。
もうすこしだけ、いくばくかでも、ここを穏やかに訪問していただけないでしょうか。わたしは被疑者ではありませぬ。
▼早い朝も昼も夜も未明も、果てのない苦闘です。
しかし無事に帰国できれば、8月31日に、ふたつの出逢いがあります。
ひとつは京都の独立講演会です。みんなの目を見て、一緒に考えることができます。ここです。あるいは、このボタン
で質問を寄せてください。ひとつは、読者との出逢いです。新しい文庫本『やさしく夜想の交叉する路』が8月31日に、読者と出逢います。
これは思わず表紙に A Winter Gem という短くちいさく光るような英文を入れてしまいました。
独立講演会は夏の京、この手のひらに載る文庫本は、冬の京にひっそり落ちている宝物のカケラであればいいなという気持ちです。これです。














