On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2025-09-23 16:35:51
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
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日本の生命線である国境離島のひとつ奥尻島の2日目も、島の苦しかった過去、少年少女が明るい現在、海洋資源がカギになる未来を調べ、島民のみなさんと語りあいました・・・ところで、わたしは苦しいです。本が読まれないから。


( 国境離島を未来から支える高校生たち。左端の生徒さんは「国内の離島留学」で奥尻高校にやって来ているそうです。笑顔と明るい語調が素晴らしい。
 わたしは年がら年中、『早くリトウ、離党しろ』と一部のみなさんから言われ続けていますが、こういう『リトウ、離島留学』はいいですね~、爽やかですね~ )

▼自由民主党のメインが総裁選一色でも、それはそれ、やるべきをやらねばなりません。
 参院選の大敗からすでに2か月、衆参両院の選挙で負けても総理が責任を取らないという異常事態のために実際にまつりごと ( 政 ) が停滞してきましたが、ようやく総裁選です。

 しかし自由民主党が政権党であるなら、新内閣の誕生を待っていないで、出来ることをやらねばなりません。
 そこで、超党派ではなく自由民主党の議連である「国境離島議連」として奥尻島を訪ねました。

▼1日目の9月18日木曜はこのエントリーにもあります。

 18日朝早くに東京を出て、函館へ飛び、そこで飛行機をプロペラ機に乗り換え、紺碧の空を奥尻島へ。
 思い切り狭い機内で、懸命に原稿執筆を続けます。
 着くと、まず農場へ。
 農業委員会の会長と、異常気象のなかの農業生産についてその場で議論。
 熱心な、本気の議論です。


( 議連事務局長の武部代議士~左~と、指導力を感じさせる農業委員長を挟んで、会長代理の山谷参議院議員。山谷さんは護る会の常任幹事でもあります )

▼農場から、アワビ種苗育成センターへ。



▼これはアワビが元気にワカメを食べている珍しい写真なのです。
 しかし技術者は「異常に高い水温のせいで、努力しても努力してもアワビが少なくなります」とわたしに語ってくださいました。

▼そこから、奥尻のワイナリーへ。
 長年の労苦と工夫が実って、ちょっと驚くほど美味しい奥尻のワインが出荷されています。
「特に白が美味しいはずです」と言われて、ちいさなプラスチック・カップで試飲すると、ほんのわずかな量なのに、みなさんの努力が充分に分かる気のする美味しさでした。
 もちろん、社交辞令ではありませぬ。


( 樽のうしろに沢山いらっしゃるのは、政府の行政官・官僚です。内閣府、経産省、農水省、国交省、ずらりと実務幹部が同行されています。自由民主党が下野すれば、見事にほとんど来なくなるでしょう )

▼海辺のワイナリーから、自衛隊のバスに乗って山を登り、航空自衛隊奥尻島分屯基地へ。
 ここには第29警戒隊、すなわち北朝鮮の弾道ミサイルや中露の爆撃編隊を捉える高性能のレーダーサイトがあります。


( 何でもない風景写真に見えるでしょう。実はうしろに、強力なレーダー群が存在しているのです。そこは撮影禁止。そこで反対側の、山の向こうの海を撮るしかありません。
 しかしこの海に、ミサイルや爆撃機が飛んでくるのです。
 右は、アフリカ議連でも一緒にアフリカを訪問した江島参議院議員です。東大工学部卒の技術者が前身で、さすがに技術的課題にいつも詳しいです )

▼山を降りて、奥尻島役場へ。
 木の香りが清々しい役場で、島内の町長さんたちから奥尻高校の高校生まで参加して、討論会です。


( 右に真剣な横顔が写っているのが、この奥尻島も小選挙区の地元に含まれる向山淳代議士です。衆院の北海道8区ですね )
 
▼この場で、不肖わたしは覚悟を決めて、あえて長広舌を振るいました。
 ポイントはふたつです。いずれも、専門家としての提案です。
 その1。
「離島はエネルギーの確保が特に重大課題だけど、再生可能エネルギーに頼ってはいけません。
 参議院の環境委員長として再生可能エネルギーの現場を視察しました。
 委員長はあくまで厳正中立ではあるが、ひとりの議員としては、たとえば太陽光パネルのリサイクルも廃棄も困難にぶち当たっていることを痛感しました。
 ではどうするか。
 反感を買うでしょうが、先進小型原発、SMRを推奨したい。自主海外出張にてカナダのダーリントン原発で、その建設現場を見てきました。福島原子力災害の尊い教訓を活かし、安全性をはじめ長足の進歩を遂げています。廃棄物の処理も、フィンランドのオルキルオト原発で見てきました。日本でやれないことではありませぬ」
 その2。
「奥尻島は環太平洋火山帯のただなかにある。そのために大地震と津波も起きました。
 しかしマイナスとプラスは裏表の関係にある。火山帯のおかげで、奥尻島の海底はメタンプルームが賦存しているとみられます。これを実用化していけば、島が自前資源開発の拠点となり、島の経済が自立できます」

 ポイントはこの2つだけなのですが、高校生をはじめ初心者にも分かるように、背景となっている科学的事実を丁寧に、詳しく説明しました。
 するとついに、ある議員から「もう時間が無い。その辺で」とストップが掛かってしまいました。
 さて、どこまで理解してもらえたか。
 良き理解に至っていないとしたら、すべて、わたしの責任です。

 そのあと、みなさんと懇親して、お宿へ。
 ホテルはありません。津波で破壊されて32年間、ホテルが無いままになっているのです。

▼その夜と夜明け、わたしにとって悪夢となりました。
 難渋し苦吟している原稿に、狭く暗い部屋でさらに苦しんだ挙げ句、いつものように熱い湯で全身を目覚めさせようとしたら、なんとお湯が出ない。
 正確に言うと、ぬるい、低温のお湯だけが出るのです。
 それでもしばらく浸かっていましたが、当然のこととして、余計に身体の打撃になっただけでした。

 清潔な水が出るだけでも、たいへんな離島の努力があるのだろうと考えました。
 ほかの議員が宿の人に聞いてくれると「みんなが一斉に使うとお湯が出なくなってしまう」ということでした。
 なるほど。

 その身体のまま、早朝に、奥尻の港へ。
 港で、海産物の鮮度保持施設に入りました。
 つまり冷凍庫です。
 冷え切った身体で冷凍庫に入ります。一瞬、背骨まで凍る気がしましたが、大丈夫です。
 奥尻島も、昼間はまだ充分に暑いのです。しかし、わが心身は氷の世界です。わはは。

▼前夜の懇親会で、地元の会社社長の越森修平さんが「新しいホテルをつくるんです」と教えてくれました。
 越森さんは、不肖わたしの発信に深い関心を持ってくださっています。
 きっと奥尻の新時代を拓くようなホテルをつくられるでしょう。
 お湯の問題も、間違いなく解決されるでしょう。

 しかし、あのお宿にも、いつも熱いお湯が出るようになることを願っています。
 宿の人は、部屋をとても綺麗に保ち、美味しい海産物の朝食もまごころでつくってくださいました。


( 港の写真を見ただけで、徹夜明けの心身を熱い湯で甦らせるというふだんの朝の習慣を、できないまま動いていた、あの感覚を思い出します。
 戦地に丸腰でみたび、行っています。お湯どころじゃありませぬ。水も命も喪われている世界です。それを体験しているぼくでも、いつのまにか日本の都会の素晴らしい利便に馴染んでしまっているのです )

▼奥尻港から、奥尻高校・中学校へ。
 こういうバス移動のなかでも、モバイルパソコンで原稿と睨み合っています。揺れます。気にはなりません。
 対論本の構成が変わって、第1部が、この大苦吟の原稿の書き下ろし、第2部が、若手改革派の大阪市議との対論になったのです。
 そのため、版元によると、予約サイトにあった発刊予定日が延びるそうです。

 予約してくださった方に迷惑をかけて申し訳ない。
 ただし、プロの作家であるわたしとしては、本が確実に良くなっている確信があります。
 タイトルは、いつもの通り、わたしが付けました。
『絶望を撃つ』です。


( この海から31メートルを超える巨大な津波が襲いました。夜の海底で地震が起きてから数分後、時速500キロを超えていたそうです。地震で電気も消え、真っ暗ななかを逃げられるはずがありません。声もなく呑まれていくだけです。
 奥尻島のシンボルであるこの奇観の岩も、てっぺんが壊されて、やっとの思いで修復したとのことです )

▼高校の写真はすっかり撮り忘れていました。
 みんなの明るい様子に感心してしまっていたからです。
 それから何人かの高校生が、わたしに駆け寄ってきて、「青山さん、会えて嬉しい。いつも動画を見てるんです」と言ってくれたからです。

▼海辺をバスで走りながら、奥尻島の海路を確保しているフェリーターミナルを見に行きました。
 ここは、マリンスポーツの窓口にもなっています。
 島出身の男性が、マリンスポーツのマネージャー・兼・コーチ、そして島唯一のイタリアンレストランのシェフもなさっています。

 この島は、熊が居ません。鹿も居ない。たぬきだけなので、たとえば山菜採りに山に入っても安全です。
 このメリットをしかし、積極広報はしていないそうです。それをやると、北海道のほかの場所から苦情が出るのだそうです。


( うにまるくんです。わたしは釣りをしないけど、奥尻島の海はびっくりするような大物がぐいぐい釣れるそうですよ。行ってみてくださいね )

▼ここから津波の記念館へ移動しました。
 あまりに辛い場所です。
 記念館の前の海は、夕陽がもっとも美しい場所でもあるそうです。


( この灯台が倒れ、倒れても照らし続け、いまは復興のシンボルになっています )

▼海を見るたび、わたしは実は、海中や海底のことも考えます。
 見えない海中には、ほんとうは中国、韓国、ロシア、アメリカ、日本、そしてやがては新参者の北朝鮮の ? 潜水艦がひしめき合っています。
 その海中を制しようと、中国の共産党と軍部が、日米から盗んだ技術を使っています。近未来の海の中国の脅威について、この最新動画で考えています。
 中国が日米の潜水艦を無力化することを現実に狙っているという、たいへんな危機です。

 同じ海中、奥尻島や新潟をはじめとする日本国の日本海側の海中には良質の自前資源、メタンプルームの柱が林立する海域が多くあります。
 さらに日本列島を囲む海底には、レアアース、コバルトリッチクラスト、マンガン団塊、金銀銅などを含む熱水鉱床などの自前資源が、わたしたちを待っています。

▼わたしは今、自宅で夜更けから夜明けにかけて原稿を書いていて、正直、苦しいです。
 趣味で書いているのではなく、プロフェッショナルとして書いています。読む人が居なければ、この心身を削りに削り込む執筆は、もはや続けられません。

 国会議員になる、つまり日本の広範な庶民が忌み嫌う政治家になることを、拒み続けていた頃に書いた『ぼくらの祖国』は、宣伝も広報もほとんど無いまま、22刷を記録しました。
 今は、書いても、出しても、いつも4刷かそれ以下で止まります。
 わたしの作品を理解してくれる少数派が、読んでくださいます。凄いことです。数少ない読者に、魂からの畏敬と感謝をいつも捧げています。

 本が見捨てられている時代ですから、4刷になるなら、良い方だと言われます。
 それはそうでしょう。
 しかし不肖わたしは、本を甦らせるためにこそ、日本文学を物語・小説でも、記録文学・ノンフィクションでも、生き生きと復活させるためにこそ、ささやかなりに原稿を書き続けているのです。
 現状に甘んじたら、おしまいです。

 物語である『やさしく夜想の交叉する路』は・・・読んでくださったひとは、どれほど魂に染み込んだかを熱く語ってくださいます。文章そのものも、まるで世界でいちばん美味しいものを食べているように、味わってくださいます。
 しかし文芸の世界は完全に無視です。
 そりゃ、そうです。セイジカで、しかもあのジミントウの議員、そんな俗物の書いた小説などに書評を書くような物好きは居ません。

 日本の政治家のお決まりの属性である、献金も、パーティも、企業や団体の利害たっぷりの手厚い支援も、面倒をみてくれる派閥も旧派閥も、後援会も、後援会長も、守ってくれる地元も、すべてゼロでいても、そんなことはまるで関係が無い、とにかくジミントウのセイジカであれば、良い文学を書いているなんてあり得ないのです。

 現に、『やさしく夜想の交叉する路』も、3刷になったら、もう早くも、読んでくださるひとが絶えかけています。
 奥尻島でも書き続けた、今度はノンフィクションの『絶望を撃つ』もやがてきっと、無事に出します。しかし、同じく、読まれないという運命を辿るでしょう。

 これがわたしの路です。
 その途上にあって、わたしはもうぼろぼろです。刀は折れ、矢弾は尽き、しかしなお、屈せずにいます。
 味方は、あなたという読者だけです。






 
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