On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2008-07-16 11:04:16

断腸の記 「と・り・あ・え・ず」の巻




▼この地味なブログを読んでおられるかたが、すこしだけ増えているようで、そうなると更新が少ないのが申し訳なくて仕方ないです。

 このごろ、櫻井よしこさんの森のなかの美しいご自宅を、独研(独立総合研究所)の自然科学部長や研究員といっしょに訪ねたり、記者時代から長いつきあいの但木敬一検事総長がついに退官されるので検察庁を訪ねて、検事としての但木さんとは最後になる議論を交わしたり、印象深い日々が続いています。

 それを、断腸の記「あまりに印象深い日々」の巻、としてすこしづつ書き溜めているのですが、急を要する仕事が山積に山積していて、それに正直のところ体調不良もあって、なかなかアップできるまでにいきません。
 一方で、このブログを、かつては考えられなかったほど沢山のひとびとが訪ねてくださる。

 困ったなぁ。
 そこで窮余の一策で、上記のアップはとりあえず置いておいて、早めに伝えたいことだけピックアップすることにしました。


▼まず、7月13日の日曜に、京都の大きな書店「アバンティ・ブックセンター」でひらいた拙著「日中の興亡」のサイン会に、想像を超えたかたがたがお出でくださり、長時間の列に並ぶことにじっと耐えてくださって、ありがとうございました。
 ぼくの魂からの感謝の思いを、ひとりひとりに、あらためてお贈りしたいと思います。

 サイン会が始まるまえ、書店の奥の控え室で、サイン会に来られないかたのために、20冊の本にサインをしたためていました。(いまアバンティ・ブックセンターに積まれている?はずです)
 そのとき、持参した落款を押していて、まだ見ないかたがたに思わず気を込めながら、押すようになりました。

 そしてサイン会が始まると、長い列の最初から、こちらに歩まれる最初のかた(品のある落ち着いた女性)に手を差し伸べ、しっかりと握手して、席についていただいて、整理券に書き込まれたお名前を読み上げ、そのお名前を中央に書き、右にささやかな座右の銘「深く淡く生きる」を書き、左にぼくの名を書き、そして落款を押すとき、このときも思わず、目の前のかたの人生のために気を込めました。

 事前に予定していたわけでは、まったくないのです。
 こうやって自然に気を込めるようになり、150人ほどの最後の1人のかた(元気な若い男性)まで全員に、気を込めさせていただきました。
 内心では、気を込めるなんて僭越だなぁとも思っていました。

 特に、チベットの民衆と日本仏教の良心のために立ち上がった大樹玄承師が、爽やかな少年(つまりお子さん)と、師を支える奥さまといっしょに来てくださり、その師にも気を込めさせていただくときは、おのれの僭越に身が縮む思いも胸の中にありましたが、あえて皆と同じようにいたしました。

 書店も、版元のPHPもこれまで、サイン会にこれほど人が来られた経験はないそうで、せっかく申し込まれたり、会場に足を運ばれた人の多くに、「もう満員です」と告げざるを得なかったとのこと、ぼくからも深くお詫び申します。

 並んでくださったかたがたから、びっくりするほど沢山のおみやげや、素晴らしい花束を、大きくてゴージャスなのと小さくて可愛いのをひとつづつ、そしてお手紙をいただきました。ほんとうに、ほんとうにありがとうございました。
 花束は、スタッフからは東京に持ち帰るのは無理じゃないかという、出て当然の意見も出ましたが、ぼくが抱えて新幹線に乗り、いま東京の自宅で、美しく咲き続けています。
 大きなのは、リビング、小さなのは、ぼくの書棚です。
 どちらの花束からも、東京湾岸の海がよく見えます。

 お手紙は、新幹線の車中と、帰京した自宅ですべて読ませていただきました。
 そのなかでも、特に若い人たちに聞かせたい言葉のあった2通は、きのう7月15日火曜の近畿大学経済学部での講義で、一部を読みあげました。
 私信ですから、もちろん名前などは明かしていません。
 そのうちの1通には、こんな趣旨がありました。(原文の通りではありません。趣旨です。ぼくの記憶に刻みつけられた趣旨です)



『わたし(まだ若い女性)は、甲子園球場で野球観戦中に、上段の男性に殴られ、めまいや頭痛、吐き気といった症状のために3年間ほど、休職しました。
 外出はおろか、テレビを見ることも、ラジオや音楽を聴くことも、読書も何もかもできなくなり、ただベランダから外を見る生活が続きました。
 そのなかで、わずかに見たテレビで、たまたま関西テレビ「アンカー」の「青山コーナー」を見て、感じるところがあって、それ以来、すこしづつ元気になり、とうとう復職もできました。
 まだ後遺症はずっと続いているのだけれど、飛行機にもチャレンジしました。(青山がアンカーで言っていた)沖縄の「白梅の塔」を訪ねるためです。
 先日は、新幹線にもチャレンジしました。生まれて初めて靖国神社へ参拝するためです。
 わたしは、もともとはニュースにあまり興味がなかったけど、今では、青山さんの言うように自分で考えるようになりました』



 あくまで私信ですから、これ以上は趣旨も書けませんが、これほどまでに魂に響くお手紙を、ぼくひとりの幸福にとどめることはできなくて、学生たちと、それから関テレ「アンカー」の戦うスタッフたちにも、読みあげました。

 同じように趣旨を読みあげた、もう1通のお手紙は、中国人の夫を持つ30歳の奥さまの便りです。
 サイン会には、その旦那さまも来ていただきました。中国に対して厳しいことを書いている本のサイン会ですが、旦那さまもフェアにサインを喜んで受け取ってくださいました。

 そのほかのお手紙も、1通1通が、あまりに胸に染みいる言葉が、ごく自然な書きぶりに並んでいて、これでは泣き虫と言われても、泣かないではいられません。


▼それからサイン会にお出でいただいた阿蘓(あそ)さん、たいへんに失礼しました。
 蘇の字のくさかんむりの下が左右逆になっている、「蘓」という字があるとは、全く知りませんでした。
 このブログのコメント欄に「Be Good To Yourself」というかたが書き込んでくださったおかげで、平城京の跡から発見された木簡に「蘓」という字があることを、初めて知りました。
 物知りの人がいらっしゃるのにも、びっくりです。

 ぼくの情けない無知を詫びつつ、サインした字が正字であることを知って、ほっとしました。


▼さて、その「日中の興亡」なのですが、たとえばこんなお問い合わせを、メールや、直接にお会いしたかたから繰り返し、繰り返しいただいて、困惑しています。

「どの書店を回っても、品切れだ。ネットの書店でも、品切れだ。いったいなぜ増刷しないのか」
「つまりは出版社の作戦なのか」
「その作戦を、青山さんも知っているのか」

 出版社の作戦とは、とても思えません。
 ぼくが『作戦』を知っている云々は、もちろん絶対にありません。品切れ状態にして盛り上げるなどと、そんな姑息なことは決してやりません。

 京都でのサイン会の日に、PHPの担当編集者が「会いたい」とのことでしたから、コーヒーショップでお会いしました。
「日中の興亡の売れ行きが、予想をまったく超えて好調なので、続編をお願いしたい」という話でしたから、ぼくは当然ながら「続編より何より、今の本を読みたいという読者がいらっしゃるのだから、増刷が先ではないですか」と聞きました。

 この担当編集者は、純粋で誠実なひとです。ぼくはお世辞は言いません。
 編集者は「それは私も毎日、営業サイドに言っているのですが、なかなか固くて」と答えられました。
 そして「続編は、最初からたくさん刷りますし、増刷も素早く、掛けます」と続けられました。

 いまリクエストの多い本がなぜか増刷されなくて、その続編ならたくさん刷れる?
 この仕組みは、正直、今もぼくには分かりません。

「しかしアマゾンでは、品切れが続くために、出たばかりの本にプレミアムが付けられて、ものによっては定価の倍近い値段でコレクター本として出品されていたりしますよ。ふつうの読者のニーズにふつうに応えてほしいのですが…」という趣旨も、ぼくは申しました。

 実は、このやりとりの前に、3刷が出ることは決まっています。
 しかし3000部です。
 初刷が7000部、2刷が2000部、3刷が3000部、ぜんぶ合わせて1万2000部、正直に申して、いかにも「売れるはずはないんだ」という刷り方にみえます。

 たとえば楽天ブックスをみると「重版予約を受付中」という画面になり、それがすぐに「売り切れ」となります。
 ネット書店だけではなく、前述したように、たくさんの人から「いくら書店を回っても、ない」という怒り半分の問い合わせをいただいています。

 ぼくはプロの物書きであっても、出版業界のことは必ずしも分かっていません。
 いやプロの出版人からみれば、出版界の事情については、ぼくは素人そのものですから軽々にものを言ってはいけませんが、「作戦なのか」などとあらぬ疑いをかけられるのは困りますから、編集者に質問を続けたのです。

 しかし答えは「営業にプッシュします」ということで変わりませんでした。
 そこでサイン会に来られていた営業のかたにも、すこし聞きましたが、「大丈夫です」という答えだけでした。
 誠実な編集者が、毎日のように営業サイドにプッシュしてくれているのは、きっと間違いのない事実だと思います。
 しかし営業サイドとしては、青山の本が売れるはずはないという心配が消えないのでしょう。

 それは最終的には、4年前の本「日本国民が決断する日」が売れなかったぼくの責任と考えます。
 もう4年も前の本の売れ行き(一応、2刷にはなった本ですが…)、それがそこまで参考にされるのかとも思いますが、営業サイドがプロとしてどのような判断をしようとも、それは版元のプロフェッショナルな判断ですから。

 ぼくはこれまで出版社を選んだりは一切せず、ただ話が来た順番に、原稿に取り組むようにしていましたが、これからはある程度は考えねばならないのかもしれません。
「日中の興亡」は、買いたくても買えないということで、そのうち忘れられていくのかもしれませんね。
 もしもそうなれば、それは辛いですが、ぜんぶ含めて、ぼくの実力のうちです。


▼現在のぼくは、本音をそのまま言えば、文学作品以外には、おのれの発信をやめたい気持ちがあります。

 テレビもラジオも講演も講義も、それからノンフィクション分野の本も、必ず誤解されて受け止められることがあり、それはすべて、受信側にはまったく問題も責任もなく、発信側のぼくに全責任があるからこそ、このあたりで停止したい気持ちが、ますます強まっています。

 それに「みずからの頭で考えましょう。ぼくのあらゆる発信は、そのための、それだけが目的の、小さな小さな問題提起やきっかけに過ぎません」ということが、分かる人にはすでに分かっていただいた気もするのです。

 そんななかに開かれたサイン会でした。
 いただいたお手紙のなかには「何があってもテレビ出演をやめないで。生きる元気をもらっているのだから」という一節もありました。

 困ったなぁ、とも思っています。
 命や体力を捧げ尽くすのは、これまで通りに、死を迎えるときまで続けます。
 ほんとうは、しかし『発信』については純文学とエンタテインメント文学の執筆、その両方にそろそろ集中したい気持ちがあります。

 独研の社長として、日本の国家安全保障や危機管理、日本を資源大国にする試み、それらの実務に引き続き取り組みながら、発信者としては、文学に限定したいな。
 ぼくのごく個人的な願望としては、いま、それがあります。


▼サイン会は、天が、そうしたぼくに何かのサインをまさしく送っているのかどうか、それをよく考えます。
 とりあえず、福田さんの6日間の夏休みが、うらやましいなぁ。
 ふひ。


▼この下に、上記の3刷のための修正箇所を掲げておきます。
 ウェブ上の正誤表の、ヴァージョン2です。
 みんなに迷惑がかかりますから、修正はこれで打ち止めにしようと思っています。


▽p47 4行目「登壇し、」および6行目「記者会見し、」のテンをいずれもトル

▽p71 9行目「作ってきた」→「造ってきた」

▽p73 後ろから8行目「終わったあと、」→テンをトル

▽p92 3行目「ならないということなのだ」→「ならないからだ」

▽p110 3行目「ないか」→「ないのか」 (以上)





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