On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2010-07-04 01:20:40

浅き夢にて  (すこし書き足しました) (さらに、ほんのすこし書き足しました)



▼いま海外出張先にいます。
 現地時間で朝の5時45分ごろ。
 朝もやのなか、鳥の声が響いています。

 ゆうべは、まともには一睡もせずに、苦しい仮眠だけをすこしとりました。
 浅い夢のなかに、近藤鉄雄さんという、経企庁長官や労働大臣をなさり最近に亡くなったかたが出てきました。
 このひとは、ぼくが記者時代に、消費税をもしも引き上げたら食料品や衣料品の軽減税率をどうするかということを、僭越な物言いながら一緒に考えたひとでした。
 ぼくは若手の未熟な記者に過ぎず、年齢差も経験の差も、たいへんに大きかったのですが、近藤さんは東京・九段の議員宿舎でなぜか毎晩のように、正面からぼくに問いかけ、相談し、ぼくも精一杯、応えていました。
 若くても、未熟でも、ふつうの国民の声をこうした場でも政治家に伝えねばならないという責任を感じていました。
 海部政権の時ですね。
 この政権の時は結局、消費税率の引き上げは見送られました。
 こないだ、関西テレビの報道番組「アンカー」のなかでも、すこしだけ話しました。

 生前の通称コンちゃんは、明るい人柄で、小柄な体を元気よく動かしていました。
 元は大蔵官僚なのですが、大蔵官僚の怜悧(れいり)なイメージとは裏腹に、飾り気のないひとで、だからこそ「あいつは軽い」という中傷を受けることも、一度や二度ではありませんでした。
 コンちゃんは、ときどき、しょげていました。


▼このひとが、なぜか、海外で夢に出てきました。
 今のぼくが、消費増税のことを、ぼくなりに心配し、懸命に考えているせいかもしれません。

 しかし夢に出てきたコンちゃんは、消費税のことは何も言わず、「青ちゃん」と言って、ぼくの目をじっと覗き込み、しきりに、ご自身の朝の散歩のことを話します。
 それがどんなに心身にいいか、体を乗り出して力説し、ぼくも一緒にやろうと誘います。
 場所は、九段の議員宿舎ではなく、清潔な、穏やかな日本の住宅街です。
 行ったことはないけど、行ったことは何度もあるような場所です。
 ぼくはコンちゃんに何も答えません。眼を覗きかえすだけで、散歩には行きません。

 苦しい仮眠から目覚めて、ぼくは『青ちゃん、もっと人生を楽しみなよ。生きている間だけなのにさぁ。俺は、こっちに来てそれが分かったんだよ…コンちゃんはそう言いたかったような感じだった』と思いました。


▼この海外出張先できのう、ぼくは青空の下でレンタカーを運転しながら、思わず深い溜め息をつきました。
 かなり激しい交通量なのに、ドライバー同士がごく自然に相手を尊重していて、よけいな、無駄な疲れがないのです。

 ふだんの疲労はどこから来るのか。
 もちろん、想像を超えるとしか言いようのない詰まりに詰まった日程もあります。
 この海外出張も、日程としては、常識ではあり得ない強行軍です。

 だけど、ほんとうの疲れの原因のひとつは、中傷にあります。
 あくまでも、ひとつの原因に過ぎません。それにとらわれている訳じゃない。だけど一方では、確かに一因にはなっています。

 ぼくの名誉が不当に傷つけられることもありますが、それよりも、「おまえがアンカーで時の政権をあれほど厳しく批判すれば、カネをもらっていると考えるのが当然だ」といったたぐいの中傷コメントやEメールを何通も受けていて感じるのは、『ひとはみな、カネで動くと、そう考える日本人がこんなにいるのかな』という驚きと哀しみです。

 書き込みやEメールのなかには、外国によるもの、ないしは外国の影響下でなされたものもあることが名誉毀損をめぐる基礎的な調査によって分かっていますが、同時に、日本国民によるものが残念ながら、少なからずあることも分かっています。

 カネなどで動きはしない人間もこの世にいる、そんなの当たり前じゃないですか。
 ぼくはカネでは動きません。
 そして、ぼくだけじゃない。まったく、ぼくだけじゃない。
 ぼくの身近な友だちにも、たとえば中高時代の同級生にも、しっかりと、います。

 友情で動く、愛情で動く、おのれの志で動く、祖国へのささやかな献身のためにこそ動く、カネでは動かない、そういう人間と集団、組織もあることは、海外の諸国でもいくつかの国では静かな常識としてあるように思います。

 ぼくらの祖国はいったい、どこへいくのか。
 武士道の国が、なぜこうなったのか。
 ごく一部のひとだろうとは思います。しかし、こころが沈みます。


▼そして、ここは、この部分は、ぼく個人のささやかな生き方に過ぎませんが、カネで動かないということは保身のためには動かないということでもあります。
 そもそも、たとえば関西テレビの「アンカー」に参加している目的は、発信すべきを発信する、それだけです。
 ぼくは、もちろんタレントじゃないし(タレントにしてはかっこ悪すぎるし)、職業的なTVコメンテーターでもありません。さらに、ずっと以前から申しているように、評論家でもありません。
 ひとりの物書きであり、もうひとつには、あくまでも実務を遂行する独立系シンクタンクの一員(代表取締役社長・兼・首席研究員)です。
 ものを書くことも、危機管理や安全保障を軸とする実務に取り組むことも、TV番組に参加することと直接には何も関係しませんし、ましてや、職業的に番組に出ることには繋がりません。

 職業的にテレビに出演されるかたは、芸能プロダクションに属しています。まさか、このひとが、と思うようなかたでも、そうです。プロダクションに属していれば、金銭的利益も、あるいは番組出演の機会も、確保されるのでしょう。それはそれで、そのかたの生き方です。自由な選択です。
 ただ、ぼくはおのれの生き方として、プロダクションに属しません。だから「出演」とは言わずに「参加」としています。

 独研(独立総合研究所)の役員会や経理サイドには、交通費と時間のかかる大阪でのアンカー参加に反対意見もあります。
 そこで、ふだんの仕事には必ず付く同行者を、アンカー出演の際には東京・大阪間では外して、ひとりで移動し、経費を節減しています。利益を生むどころの話ではありません。現状は、その逆です。

 カネも保身も、番組参加に関係ありませんから、発信する内容や情報におのれで確信を持てなくなれば、即、ぼくの責任で去ります。
 あるいは、おのれにとって不本意な発信を万一、せねばならない情況になれば、同じく即、去ります。
 一方で、それらがなければ、ぼくなりに、ささやかな発信を続けます。
 ちいさな、ちいさな戦いを、一粒の砂のような存在として戦い続けます。
 カネも保身も関係ないということは、立場が自由であり、案外に強いものです。
 

▼この海外出張先は、一般的なイメージとはだいぶん違う顔を持っています。日本とアジア、そして世界の安全保障上の重要なポイントの地です。
 だから出張しているのですが、みんなに人気の観光地でもあります。訪れている日本のかたは、たくさんいらっしゃいます。
 いろんなひと、さまざまな世代のかたから、「頑張ってください」と、明るい笑顔で声をかけられました。

 ありがとうございました。
 ぼくは、幸か不幸か自意識が(意外かもしれませんが)強くないせいもあってか、声をかけられても気づかないこともあり、同行者から「先ほど、声をかけられていましたよ」と言われて、慌てて遠くから頭を下げたことも何度かあります。
 ごめんなさいね。

 そしてコンちゃん、ありがとうございました。
 生前は、ご迷惑をかけました。



  • 前の記事へ
  • 記事の一覧へ
  • 次の記事へ
  • ページのトップへ
  • ページのトップへ