2025-09-06 03:15:48
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
Comments (0)
みんなと共に困難な日々を歩む
【 12日間地球一周の核セキュリティをめぐる自主海外出張を、少しづつ振り返る その2 】
※ その 1 はここです。
▼アラブ首長国連邦の首都アブダビから、スイスのチューリヒを経て、オーストリアの首都ウイーンへ移り、国際原子力機関 ( IAEA ) の首脳陣と長時間の議論を、いつも通りに通訳を挟まずに、ダイレクトに行いました。
▼3年半を超えて続く悲惨なウクライナ戦争のなかで、ふたつの原発が史上初めての軍事攻撃をロシア軍から受けたという深刻な問題をはじめ、核セキュリティの重大課題は尽きません。
たとえばロシア軍が今も攻撃を継続しているザボリッジャ原発で放射性物質の漏洩があれば、北半球の強力な偏西風に乗って、必ず、日本に到達します。
しかし日本では危機意識がほぼ皆無です。
安全と情報がタダだという国民を、命を賭けて護らねばなりません。
世界では、安全と情報がいちばん高価だということを、政府高官や軍人、治安機関の一員だけではなく、街のふつうの人がご存じです。
この「世界の例外」 ( 英国の軍人 ) である社会で、安全保障、国家危機管理、資源エネルギー、そして情報の仕事をするのは、辛いです。
それでも民間専門家の時代はまだ良かった。仕事の中身を知られないまま、こつこつと献身するだけです。
9年前に、選挙に出ざるを得ないと初めて決意して、安倍総理らに連絡した直後、わたしの胸に去来したのは、まさしく現在を正確に語る預言、おのれ自身に対する預言でした。
「国会議員というモノになってしまうと、どうなるか、おまえは分かっているよな。
他の政治家はみな、選挙のために目立つことが生命線というなかで、水面下でいくら貢献しても、おまえは何もやってないと日夜、大切な主権者に言われ続けるぞ」
「それでも、いったん始めた以上は、もはや引き返せない」
「それでも、いいのか。おまえはたいへんなことに踏み出してしまったんだよ」
はい。
その通りです。
とことん、やるだけです。
▼いつでもどこでも無償、無条件の発信をやめません。
「青山繁晴チャンネル☆ぼくらの国会」の最新放送は、ここで、司法の歪みと、現代日本の生み出した異様な男性によって、永遠に返ってこない命を奪われた24歳の日本女性の非痛苦に向かい合っています。
▼大雨被害に、痛切な思いでお見舞いを申しあげます。
日本の災害対策は、気候変動に対処できていません。
石破総理ひとりが引き起こしている亡国の政局のさなかにあっても、できるだけの対処をいたしています。
▼自主海外出張から帰国した直後から、その亡国政局への対応と、出張で得た機密情報の確認作業に追われています。
そのために東京コンフィデンシャル・レポート ( TCR ) の第1496号 ( 第1号の配信から25年と5か月 ) がきょう9月6日土曜の未明1時に配信という、かつてないことになりました。
こんな時間の配信になったことについて、お詫びを申しあげます。
▼きのう都内の大病院で、わたしの肺は肺炎なのか肺癌なのか、その最終判断をするための検査を受けてきました。
診断が出るのは、すこし先です。
先日、多くの政治家と仕事上の交流のある女性が「青山さんの本を初めて読んだのです」と仰います。
うれしく思いながら「どの本ですか」とお尋ねすると、それは、ノンフィクションとしては最新刊の『憤怒と祈りで建国だ』です。
「面白いなぁと思って読んでいたら、青山さんの肺の異変の話がもろに出てきて、びっくりしちゃった。セイジカでそんなことをはっきり書く人、居ないですよ」
わたしは「ぼくはセイジカじゃなく、国会議員とプロの作家の兼職ですから」と答え、小説の最新刊の『やさしく夜想の交叉する路』も発刊されたことを伝えました。
すると、あとですぐにメッセージが届いて、その文庫本も早速に買ってくれたそうです。
驚きました。なんと嬉しいことでしょうか。
▼そういえば、9月の独立講演会@東京への応募は、結局、定数の千人を大きく超えました。
応募してくださったみなさん、ありがとうございました。
ぐいぐい伸びる増え方にちょっと驚きました。
10月の大阪は、ここです。
▼この昏い夜が明ければ、その大阪に入って大阪府連を訪ねます。
参院選の敗北を受けて、不肖わたしはイシバさんとは違うので、とっくに大阪府連会長は辞めているのに、なぜまた、例によって自主的に大阪府連に行くのか。
それは「なにわ塾」に集う、主権者のみなさんのためです。
自由民主党の大阪府連は以前から、「なにわ塾」という政治塾を開いているのです。
担当の地方議員のかたから「今年度は、青山府連会長に会えるという期待で、想像できないほど沢山の人が入塾されました」と聴いていました。
ですから、なにわ塾の塾生のみなさんに、辞任についてお詫びをいたし、それを含めた最後の挨拶をして、懇親会にも参加して、深夜に東京へとんぼ返りをします。
それが礼儀です。
礼節は日本人の命です。
今後も、「なにわ塾」に折に触れて参加しようとも考えていました。しかしそれをやると、新しい府連会長がやりにくいでしょうから、きょうの訪問で最後にします。













