On the road~青山繁晴の道すがらエッセイ~

2025-12-29 03:01:08
この日時は本エントリーを書き始めた時間です
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ささやかな体力、粘り、勇気の源泉のひとつが、この白い世界にひっそりとあるのです



▼30階を超える階段を登り降りしたり、たまにはどうにか時間をつくってジムでトレーニングしたりもあるのですが、このところの時間の無さはどうしようもなくて、全体には運動不足です。
 こうなると躰はほんらいの力を発揮してくれません。

▼その運動不足を吹っ飛ばしてくれるのが、「弾丸スキー」です。
 臨時国会が終わり、環境省を含む官庁も仕事納めとなり、高市総理も年末年始の休暇に入られ・・・不肖わたしは国会議員・環境副大臣と作家を兼業することを許可を得て続けていますから、原稿執筆に休みはありません。
 この年末年始は、これまでになかった新しい小説を仕上げていきます。
 その体力と気力をつくるためにも「弾丸スキー」です。

 ほんとうは運動不足に加えて、「運転不足」です。
 下手なレーシング・ドライバーでもありますから、ごく稀なことですが自分で運転して国会に登院すると、一日中、胸が沸き立つような思いが残って、ただの公道ゆっくりドライビングなのに、『あそこのステアの切り角はわりとよかった』とか秘かに反芻しているのです。
「青山繁晴チャンネル☆ぼくらの国会」のMCを務めてくれている三浦麻未・公設政策秘書は、これを知ってくれています。

 だから「弾丸スキー」も、自分で運転して雪道を攻めながらスキー場に向かえば、最高なのですが、それはせずに新幹線を使います。なぜか。新幹線のなかで原稿を書けるからです。

▼こうして弾丸スキーを二度、敢行しました。

 一度目は、4時間ちょうどをすべてノンストップで46本、滑りました。
 ただし比較的短いコースが中心です。まだ雪が足りなくて、ロングコースは閉じたままだったからです。

 このノンストップというのは、リフトを降りた瞬間からスケーティングで加速し、そのまま猛速で滑降して、競技用の硬いブーツで、やはり競技用の切れるスキー板に思い切り乗り込んで、地球がバーンと跳ね返しくれる力を活用して、加速に加速して滑り切り、そのままふたたびリフトに乗り、これを4時間きっちり繰り返すわけです。

 二度目は、3時間15分を同じように33本滑りました。
 今度はロングコースが開いたので、加速を重ねて猛然と滑りながらも滑走時間が長くなり、おのれの滑りを多角的にチェックできるので、シーズン当初としては最高でした。

 二度の弾丸スキー、合計7時間15分のノンストップで79本です。

▼わたしは、家族だけではなく、3人の公設秘書にも全てオープンにしています。
 秘書さんたちが一斉に「ぎいん、筋肉痛は ? 」と聞きました。
 聞かれて初めて気がついたのです。
 そういえば、筋肉痛がありません。
 あれほど運動不足、トレーニング不足なのに、なぜなのか自分でも分かりません。

 ことし3月、つまりスキーシーズンとしては前のシーズンで、練習する時間が無いままいきなりアルペンスキー競技種目のGSL ( ジャイアントスラローム / 大回転 ) に復帰して、両膝を痛めたのです。
 病院に行かなきゃと思いつつ、階段などであっと思うほど膝が痛みつつ、秘書さんたちもたいへんに心配してくれつつ、ついに病院に一度も行けないまま、家で湿布を貼るだけでした。
 しかし、激しい滑りのなかで両膝ともまったく無事でした。
 これも謎です。

▼ぼくは神戸生まれです。18歳までは兵庫県にいました。そのあとも雪国にいたことはありません。
 雪は一年に一度、クリスマスにほんの少し降ったらとても幸せという温暖な気候で育ちました。
 中学高校の時代は、ミッションスクールの淳心学院の弱小陸上部で、中長距離を走っていました。
 ま、まさか、アルペン競技スキーを生涯のスポーツにするとは、夢にも思っていませんでした。

 ことしでスキー歴は51年目です。
 いちばん、おのれでも驚くのは、この51回のシーズンにスキー技術の向上が停滞したことが一度も無かったことですね。毎年、わたしなりに進化していきます。
 特に、昨シーズンに、大きな新しい開眼がありました。
 これはむしろ、わたしが雪国育ちでは無かったからではないかなと、この夜に思うのです。
 
 わたしの知るアルペンスキー選手は完全に漏れなく全員、雪国育ちです。
 信頼関係のある岡部哲也選手 ( ワールドカップ2位 ) も、もちろん雪国のひとです。
 雪のない神戸生まれというのは、スキーヤーとしては決定的なハンディです。
 実際、板の上に乗って高速で急斜面を落ちていく動きというのは、考えたことも無かったです。

 生家の副業が自動車教習所だったために、教習所が休みの日に、合法的に教習所内で小学4年から、もう使われなくなった古い教習車で運転しました。教習所のオーナーだった父の監視付きです。
 自動車はアクセルもブレーキもステアリングもあります。加速すること、止めること、曲がること、全て機械的なサポートがありますね。
 A級ライセンスをとってレースに出るようになると、レーシングカーは車内に頑丈なロールバーがあって、シートベルトもフルハーネスで、さらにHANS ( 頭頸部の保護装置 ) もあって身を守ってくれます。( ただし、それでも守り切れないことがあります。わたしも富士スピードウェイの大事故でそれを体験しました )

 ところがアルペンスキーはなーんにもありませぬ。
 裸の自分が左右2枚の板に乗っているだけです。
 加速する、止める、曲がる、みな躰の動作です。高速のさなかに転ぶと、無防備に吹っ飛んでいくだけです。

 なかでもレーシングスーツが対照的で、アルペン競技スキーのレースに出るようになると、その違いに思わずひとり内心で笑ってしまいました。

 モータースポーツのレーシングスーツは、事故によっては車が燃えますから、炎に耐えるために防炎素材で内張がしてあって分厚いです。それに、長いと2時間近くの走行に耐えるスーツです。
 これに対してアルペン競技スキーのレーシングスーツは、皮膚の延長のようにとても薄くて、長くても2分ぐらいの滑走に耐えればいいわけです。

▼なぜ、条件が極めて不利だったアルペンスキーを競技を含めてここまでやってきたのか。
 それは「困難だったから」に尽きると思います。

 意外かも知れませんが、わたしは特に負けず嫌いではありません。
 人に勝つということに、あまり関心がありません。
 勝ち負けは、わたしの最大関心事では、まったくありませぬ。

 勝てないという困難ではなく、なんというか、「猛速で墜ちるスポーツ」という未知の困難が、新鮮だったのではないかなと思うのです。

 ひとは誰でも、たとえば読書力も、バイオリンやピアノをプロとして演奏することも、競技スポーツも、ちいさい頃の訓練がふつうは決め手になります。
 わたしはアルペン競技スキーについては、子供のときに滑ったことがありませんから、度胸だけが勝負になり、その結果として大小の骨折を8回やりました。
 そのなかには、両膝の皿を割った大怪我、左腰の腰椎横突起 ( ようついおうとっき ) という重要な骨を5本すべて、背骨から引きちぎられるように折った骨折もありました。

 医師から何度も「これから生涯、障害を持つことになります」と宣告されましたが、実際は、30階を超える階段の昇降もふつうにできます。
 ただし学生時代には、両膝が逆に曲がるような感覚でホームから落ちそうになったこともありました。それが自然に治っていったのです。諦めずにアルペンスキーを続けたことが、どう影響したのか、おのれでは分かりません。
 また、膝などに水の溜まらない体質のおかげなのか、昨シーズンのことし3月、前述のように大回転競技でまた両膝を痛めたのに、今シーズンの滑りで膝痛に悩むことがありません。

 こうしたことがどう影響したのか分かりませんが、都内の著名な病院で長いあいだ続けている人間ドックで、60歳代の終わりぐらいから特に骨密度と、それから基礎代謝量がさらに上がって、ついにいずれも18歳平均を超えています。
 こんなことを言うと、またネットで嘘だと中傷されるだけなので、その病院が出した検査結果の紙をそのまま写真に撮って『憤怒と祈りで建国だ』というノンフィクションに載せています。
 ことしの最新の人間ドックでも同じでした。
 青山千春・東京海洋大学特任准教授は科学者ですが、科学者だからこそ世のフシギを知っているのか、「こういうひとも居る」という感じです。

▼わたしはつくづく、アルペンスキー、アルペン競技スキーとの出逢いに、こゝろから感謝しているのです。
 なぜか。
 足腰が体力、気力を支えているのは確かなことで、その足腰をつくってくれたのがアルペンだからです。

 五刀流の仕事をみずから選んでいますから、どうにかスキー場に入っても、リフトの上で熟睡したりします。
 宙空に晒されているリフト上の身を切る寒風で、はっと目が覚めて、そのリフトの降り場が近づいてくるとき、ただのスポーツなんだから、もうサボろうか、スキーなんてやめようかと思いつつ、なんとか粘って滑り続ける、その気力も、アルペンスキーが育んでくれました。

 そして緩斜面からバーンと急斜面へ飛び出していくときの勇気。
 それも鍛えてくれました。

▼で、その体力と気力も使って、いつでもどこでも無償、無条件の発信をやめません。
「青山繁晴チャンネル☆ぼくらの国会」の最新放送は、このふたつです。

▽ひとつは「中国製の電気自動車はすべてスパイであると少なくない国が認定し対応している」という恐るべき事実です。
 ここです。

▽もうひとつも、現実世界を反映して、チャイナ問題です。今にも台湾を武力併合するかのようにご自分でアピールなさっている独裁者が、ご自分でその台湾攻撃の指揮官を次から次へと抹消しているという、深い謎です。日本を含むアジアの今後を左右する謎です。
 ここです。

▼国益と国民益に資する情報を発信することについて、学生インターンの増野優斗くんが連帯してくれているショート動画は、その中国軍が、ほんとうは張り子の虎である証拠を語っているこの動画が、80万回を超える再生となっています。

▼わたしはいかなる献金も受けず、政治資金集めのパーティも開かないのと同様、動画の広告収入を受け取らないので、YouTuberではありませぬ。
 動画の発信は全て、国益と国民益のためです。
 再生回数は、「青山繁晴チャンネル☆ぼくらの国会」の本篇が、今夜の段階で4億7千4百万回を超えていますが、それでわたしの収入が増えるということは一切起きません。
 起きるのは、動画をやめろという圧力と、祖国および日本人へのささやかな寄与だけです。

▼アルペンスキーが培ってくれている体力と気力、それらを使って、圧力を跳ね返して発信を続けることは、もしもわたしの著作が読まれなくなると、たぶん、消え失せるでしょう。
 スキーを滑ることも、動画を発信することも、無くなるだろうと思います。
 それが青山繁晴です。
 こんな話し方で申し訳なく思います。
 しかし、これが不肖ながらのわたしの実像です。

 小説の最新作『やさしく夜想の交叉する路』がもしも読まれれば、いま400字詰め原稿用紙の換算で16枚の新作小説も、およそ250枚のゴールに届くでしょう。
 ノンフィクションの最新作『絶望を撃つ』がもしも読まれれば、日本の絶望をみんなで超克することに、貢献できると確信しています。

★最後に・・・

▽「ReHacQ」(リハック)という著名なネット番組に参加しています。6日ほど前に公開されたようです。ここです。

▽新年最初の独立講演会に、できればお出でください。ことし最後の独立講演会の様子をこのエントリーでご覧になり、参加をお考えになってくだされば、最高にうれしいです。
 情報はここにあります。
 あるいはこのボタン
を押して質問を書き込んでください。

▽国会議員・副大臣としてのわたしの活動を支えるのは、おのれの体力と気力、そしてあなたが党員になってくださることだけです。
 その党員は、あなたの嫌いなジミントウの党員ではありませぬ。
 わたしが護る会 ( 日本の尊厳と国益を護る会 ) の代表として創ろうとしている「史上初のしがらみの無い党員が引っ張る自由民主党」、その党員です。
 ここが、連帯の正面入り口です。

★★戦う日本女子とも連帯しませんか。男女を問わず、連帯なさるのは難しくはありません。
 ひとつは『ぼくらの祖国 おんな版』を手に取ってくださることです。
 もうひとつは、下掲のふたつの場にお出でくださることです。




「Offshore Tech」は、「出展者プレゼンテーション」のうち1月28日水曜の14時半からのメタンハイドレート関連に、青山千春・東京海洋大学特任准教授が登壇します。
 わたしも公務日程が許せば、聴きに行きます。

 みなさんの年の瀬に、平安がありますように。
 ただし、このブログはまだ年内の締めではありません・・・。





 
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